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語らい
宿に帰ると、ダイニングルームでコーヒーが振る舞われた。
女将は、トレーを小脇にかかえ、気球体験を興奮気味に話す客に
「それは貴重な体験をされ、良かったですね。
実は私も過去に一回、乗った事がありまして
はまるどころか、もう二度とごめんだわ!って思って。
本当に人間って、途轍もないものを作るもんですね。オホホ」
と、自ら伏せておきたい過去を暴露した。
「お夕食は昨日と同時刻、このダイニングルームで取って頂きます。
夕食後は、ポンデケージョ作製教室を行いますが、もしご興味ありましたら覗いて見て下さい」
女将は、押しつけがましくなくそう言うと、一礼をして部屋を後にした。
夕食は、懐石料理で、海の幸、山の幸がふんだんに盛り込まれ、その盛り付けの美しさに、一同息を呑む。
水菓子が出た時点で、皆の中に一種の連帯感のようなものが芽生え、
最初に高木が
「気球体験どうでした?僕達、以前パラグライダーに乗った事があるので
今回は、お店巡りの方を選んじゃったんですが」
と口火を切る。
「田所さんとかは余裕だったと思うけど、僕は全くダメでした。
妻にも、あきれ返られてますよ」
「いや、そんなこともない。
嶋村さんも、帰り、気球から降りて来た時には意気揚々としてらしたじゃないですか」
「やぁねぇ、互いにフォローしあっちゃって。
気球に乗って、方々、見て回れたら楽しいんでしょうけど、今回は、ロープでつながれた係留飛行だったんです。
それでも、途轍もなく高い所にいるんだなって気分は味わえましたけど」
めぐみのわかりやすい説明に、高木も宇野も「なるほど」という表情で頷く。
しばらく談笑が続いた所で、女将が現れ
「ご歓談中、申し訳ございません。
明日は、お帰りの日でございますが、私共の身内で錦鯉の繁殖を手掛けている者がおります。
お帰りがてら立ち寄って、鯉を見られて行かれては如何でしょう?
朝食の時にでも、言って下さい。
それと、ポンデケージョ作りに参加される方はいらっしゃいますか?
ー高木様、宇野様、国分様ですね。
では厨房でお待ちしています」
と述べると、準備があると見えて足早に出ていった。
厨房に出向くと、すでに高木と宇野がおり、一人調理台に立つ女将の話を真剣な表情で聞いていた。
「すみません、国分です」
「いらっしゃいませ。大丈夫ですよ。まだ始まってませんから…」
「では、改めまして、これからあっという間に出来てしまうという
ブラジル生まれのパン、ポンデケージョの作製をやっていきたいと思います。
まず、お鍋に牛乳、オリーブオイル、水を入れ温めます。ある程度の所で火を止め、タピオカ澱粉を混ぜ合わせます。この過程が、慣れるまでは厄介かもしれません。
その後、粉チーズ、卵、味付け用の塩、コショウを入れ、手でこね合わせていきます。
この時のポイントですが、下にまな板などのしっかりした板を敷き、その上で力を込めて短期集中と言った感じでこねていって下さい」
女将はラテックスグローブ越しに作業しており、小気味よく、一塊のポンデケージョの基となるものが、目の前に現れる。
「それでは、これらを丸い形にして、天板に並べて行き、180度で20分焼きます。今日は敢えて、お酒ではなく、ワインを飲んで頂きながらすでに完成したものを召し上がって頂きます」
女将は、そう言い、奥から出してきた赤ワインをグラスに注いでいく。
次いで女将は食べられる個数を一人一人に聞き、小皿にポンデケージョを盛り付けたものと、ナッツを出す。
「いただきまーす」と誰かが言ったのを皮切りに、各々ポンデケージョを手に取り口に運ぶ。
「おいしーい!」
「あれだけ簡単なのに、ちゃんとしたパンが完成するって言うのが不思議」
「そうだよね。ワインにぴったり。小ぶりだから胃にももたれないし」
「気に入って頂けたようで良かったです。
今、焼いているものは明日、レシピと共にお持ち帰り下さい。
私は、片付けに入りますけど、皆様はゆっくりしていって下さいね」
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