追い詰められて

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追い詰められて

「俊之、いる?」 「うん、今、戻ってきたとこ。 今日は、男性が先だって言うから、ひとっ風呂あびてきたよ。 お菓子作りは楽しかった?」 「あっという間に出来上がっちゃって。 お砂糖入ってない分、ヘルシーとも言えるし、ブランチにぴったりの品」 「良かったじゃん。 俺、気球体験で、ちょっと疲れちゃった。 先に休ませてもらうけど、いい?」 「もちろん。私はあと30分したら、お風呂行くし」 「じゃ、おやすみ」 俊之が、床につくのを視線の端に捉えながら風呂にいく支度をした。 途中、従業員の控え室で鍵を借り 浴室へ向かう。 中に入ると、脱衣場にも浴室にも人の気配がなく、早希は一人である事を認識した。 結局、話らしい話もしないまま、 嶋村めぐみとはお別れだな… そんな思いを抱きながら、浴槽につかり、一日の疲れを癒す。 だが、もうしばらく、浴室内に留まれば、めぐみも入ってくるのでは? という淡い期待もあり、わざとゆっくり身体を洗い汗を流した。 しかし、誰も戸を開ける気配はなく 「ダメだ、お部屋の浴室を使ったのかも…」とあきらめ、風呂から出る。 脱衣場で、浴衣に着替えていると、麹ベースの 基礎化粧品が並べられているのが目につく。 物は試し、使ってみよう。と思い立ち すべて使いつつ、同時にマッサージも施していくと20分程の時間が経つ。 いい加減戻らなくてはと考え、浴室から出ると、一瞬、視界に人の姿が入ったような気がして、ぎょっとするが 辺りは静まりかえっており、気のせい と片付け、部屋に戻った。 「たちの悪いジョークかな?」 高木は、嶋村めぐみの名で書かれた 手紙を、もう一度確認する。 − いや、確かに11時、人形の間に来て欲しいと書いてある。 そうした中、襖がスッと開き 日中と変わらぬ服装のめぐみが突如現れる。 めぐみは、部屋の明かりを落とし、高木との 距離を縮めるかのように忍びよってきた。 部屋の奥に、ライトアップされたお菊人形が浮かび上がり、高木は すぐさま逃げ出したい思いに駆られる。 「嶋村さんっ、何なんですか、一体」 「私は旧姓金井。あんたが13年前、偽証で少年院送りにした金井孝太の妹だよ」 「…」 「どうやら、思い出したみたいだね。 今から14年前、江古田界隈で、樋口里美ちゃんって言う八歳の子が殺される事件があった。 あんた、当時恋心を寄せていた第2容疑者の中学生を庇いたいばっかりに、うちの兄を里美ちゃん殺しの犯人に仕立て上げただろう? お陰で兄は、辛酸なめつくした人生を送らされてね。 何とか立ち直りかけてた矢先、ゴミ収集の仕事中、回転板に巻き込まれて死んだ」 「…」 「聞いてんのか、コラ」 「誤解なんだ。担当の刑事たちに囲まれて色々吹き込まれている内に そう言えば、君の兄さんを見かけたような気になって。 決して、陥れようとか、やましい気持ちからではない。それに所詮 僕一人位の証言では、信憑性もないだろうと思ったし」 「あんたさぁ、人の人生滅茶苦茶にして、まだ、白を切るつもりかよ。 えぇっ」 めぐみは、右手に短刀を持っており、身体ごと 高木に向かって突進してきた。 高木は「やられる」とのとっさの思いで、右後方に並べてあった 30㎝ほどの高さのブロンズ像をつかみ、めぐみの額めがけて振り落とす。 「ゴンッ」 という鈍い音が響き、めぐみの前頭部から血が飛び散った。めぐみは 「うぎゃ」と言ううめき声と共にそのまま前に倒れ込むと、微動だにしなくなり、血だまりがじわじわと広がっていった。
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