山のモノ

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 もともとこの土地は開発されるまでは,小さな山々が連なる野生動物の多い自然豊かでのどかな場所だった。  それが開発業者によって木々は切り倒され,山々は削られ川は埋められて整地され,辛うじて残っている昔からあるものといえば小さな祠がある誰もいない小さな神社だけだった。  そもそも町ができる前から神社はそこにあり,神社があることを疑問をもつ者はいなかった。  その神社を掃除している人を見たのは初めてだったし,こんな暗いなかで掃除をしていることが不自然で気味が悪かった。  それなのに男の口元がやけにはっきり見えたことが不思議だった。  自然と早足になり家の明かりが見えた時には駆け足になっていた。 『誰だ……あの人……ここら辺じゃ見たことがない人だった……ずっとブツブツ言ってたな……酔っ払いじゃないよな……。神社の関係者なのかな……あんな暗いなかで掃除とかすんのかな……やべぇな……意味不明だし,マジで怖ぇぇ……』  家のドアを開けると,玄関に荷物を置いてすぐ横にある脱衣室で手を洗い,鏡に映る自分の姿を見ながら深呼吸をした。 『大丈夫……神社を掃除してる人だ……変な人じゃないだろう……きっと仕事帰りに掃除をしに来てる熱心な信者さんなんだろう……飲みに行った帰りに急に神社の掃除をしたくなったんだろう……』  男がブツブツとなにかを呟いている口元を思い出したが,なにを言っているのかは聞き取れなかった。ただ,乾いた唇が粘り気のある糸をひいていたのが気持ち悪く,思い出しただけでも背筋に冷たいものが走った。
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