山のモノ

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 男は腸を貪る手を止めると,突然表情がなくなり冷たい眼差しで芳康を見た。 「お前たち人間は僕たちの道……この土地に住まう者たちが移動する道を潰してしまった……木々を切り倒し,川を埋め,地形を変えて,僕たちが移動する道を止めてしまった……」  不自然に首を傾けて,真っ黒に染まった目を大きく見開き,小さな牙が生えた口を開いて喉の奥を見せた。 「僕に気づく人間が現れた。だからその人間の血肉を喰う。人間の身体を使って人間の道を通って移動する。お前の家族の願いだからお前は喰わない。この世の自然を破壊する世界を蝕む人間たち。僕たちは移動できなくなって困っている。人間という害虫に侵されたこの世界を……お前は……人間は償わなくてはならない」  口から腸が溢れ出すと,テーブルの上に吐き出し大きな笑顔で芳康を見た。 「ねぇねぇ,人間はなにをしているのか理解している? この世にさまざまな生が存在していることを理解している? これから先,人間は責任を取らなくてはいけないのを理解している?」  テーブルから腕がだらりと下がると,母親の肩が不自然な方向に捻れ,見覚えのない乳首が脂肪の塊と一緒にテーブルから垂れ下がった。 「な……なんで……なんで,俺なの……? あんたを神社で見ただけなのに……なんでこんなことに……?」  もはや人間とは思えない大きな黒い目と裂けた口を開いた男は首を傾げながら,芳康を見て身体を震わせた。  カラカラと喉を鳴らしながら口を開き,真っ黒な目で芳康を睨みつけ,どこか懐かしい声で呟くように囁いた。 「ええ,神様,お願いです。いつも神社にお賽銭を……ああ……これ以上,家族を失いたくない……魔がさしたんです。僕が悪いんです……」  ダイニングテーブルの上で痙攣している母親の目には大量の涙が溢れていたが,どこか気持ちよさそうな表情をし,完全に開かれたお腹の中はほぼ空になっていた。
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