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困ったように笑う亮介だったけど、くしゃっとあの可愛い笑顔を向けてくれる。白くてきれいな歯も、笑ったときに潰れる大きな瞳も、長い睫毛も、凛々しい眉も、亮介を形どるものすべてが愛おしい。
「可愛い」
自然と出た言葉だったけど、亮介は急に不機嫌に僕を見た。
「可愛いって、そんな嬉しくねぇから」
そう言われれば、亮介は僕にあまり可愛いとは言わない。ゼロではないけど。
「けど、誉め言葉だよ?」
「どうせ褒めるならカッコイイにしろ」
「カッコイイよ? 世界一カッコイイと思ってる。その綺麗な顔も、その低くて色っぽい声も、僕を抱きしめる腕も、優しいところも、全部、僕には一番カッコイイ」
本音だ。嘘は一つもない。いつだってカッコよくて見惚れてる。
「歌う姿も、鍵盤と睨めっこしてる背中も、キッチンに立つ姿も、何気ない仕草ひとつ、全部何もかも……カッコイイよ」
言い切る僕に目をぱちくりとさせた亮介は、数秒固まった後、ロボットのようにぎこちなく首を傾げた。
「熱……か?」
熱?
「まぁ……確かに、浮かされてるかな? 亮介に」
「おぉ……、お前今日の晩飯なんだった?」
帰りは二人とも早かったけど、晩ご飯は別々に済ましている。
「レトルトカレー」
「賞味期限切れてたか?」
「どういう意味さ」
今すごく失礼な事言われてる気がするぞ。
「ちゃんと賞味期限は確認しろ、比呂人。腹壊す前に人格が崩壊してるぞ」
「失礼だね。僕だってたまには本音言うよ。褒めてほしくないなら褒めないけど、甘えていいって言ったの亮介だから」
亮介が「それ逆に俺が甘やかされてる」と独りごちなのは聞かなかったことにする。僕が普段どれだけ亮介に冷たい態度をとっているのか、ちょっと今は直視させないでくれ。
けど、すぐに亮介はにっこりと笑って僕の肩を引き寄せた。
「けど、こういうの久しぶりで嬉しいな。比呂人、昔は結構俺に飴与えてくれてたから」
そうだったかな? 覚えてないけど。
「こいつ羞恥心はねぇのかって何回も思った」
僕は一体何を言っていたのだろう。覚えてないけど、きっと、今みたいに気持ち抑えきれなかったのかな? それとも、そうでもして亮介を繋ぎとめておきたかったのか、はたまた……今みたいに甘えたかったのか。
「ねぇ、亮介。春になったら、この服着てよ」
僕は手元にあるもう一枚の服を見せた。
亮介は「いいよ」と微笑み、「それはいつ着てた服だったかな?」と聞いて来た。
「内緒だよ。ただ、僕はこの服を着た亮介と、デートをしたい。手を繋いで、歩いてみたい」
叶わないけど。そんなこと、絶対に叶えちゃいけないことかもしれないけど、それでもそういう願望はずっとある。手を繋いで、気持ちのいい青空の下を二人ゆっくり散歩したいんだ。「みんなの加藤亮介」を、「僕だけの加藤亮介」にしたい。世間にそれを大声で自慢したいわけじゃないけど、ただ単純に、恋人として当然のことを、当然にしてみたい。たったそれだけのことなんだよ。
亮介は僕の言葉に、優しく微笑んだ。まるで大したことないみたいに。けど、それはやっぱり亮介には大したことなかったみたい。
「簡単なことだ。それ、叶えてあげる」
信じられない言葉に、僕は弾かれたみたいに亮介を見た。
「春フェスが終わったら、旅行に行こう。海外旅行。ずっと手繋いで、ずっと離れずにいよう。絶対楽しいよ」
亮介はいつも僕の望みを叶えようとしてくれる。僕の言葉をいつもいつも尊重してくれる。大事にしてくれる。そして、僕の中の “不可能” を覆してくれる。
その優しも、頼もしさも、愛している。例えそれが叶えられなかったとしても、その気持ちが嬉しいから。
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