小さな運び屋

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 わたしがつづら姉さんのところへ通うようになったのは、十歳の誕生日を迎えた頃だったと記憶しています。  わたしは週に二度か三度、大きな袋を背負ってつづら姉さんの住む家へに行きました。袋には食料や洗剤など、生活に必要な様々なものが少しずつ入っていました。  つづら姉さんは足が悪いものですから、舗装されていない山道を上り下りするのは大変だろうということで、わたしの両親が気を利かせたのです。  はじめは、つづら姉さんも遠慮したと聞いています。大変なことには変わりないが、そこまでしてもらうのは悪いと。  両親もそういうことなら、と一度は引き下がったようです。しかし、その話を漏れ聞いていたわたしが声をあげました。  わたしはつづら姉さんに会ったことがありませんでした。町の人や両親から噂を聞いていたくらいで、他に誰も住んでいない山の上に不思議なお姉さんがいる、ということくらいしか知らなかったのです。  子どもながらに、そんなお姉さんに会ってみたいと思ったのでしょう。両親もそれならばと、電話で頼んでくれたようです。  山の上の小さな家に行くことが決まったのは、翌日でした。  初めて会ったつづら姉さんは優しそうな人で、車いすに乗っていました。その姿を見て、綿毛になったタンポポのようと感じたのは、すでに述べた通りです。  会ってみたかった人との最初の会話というのは、たいてい覚えているものです。  わたしのような田舎暮らしの人間にとってそれは顕著で、ときどき都会から里帰りする子たちと話したことは、向こうは決して覚えていないだろうけれど、鮮明に思い出すことができます。  では、つづら姉さんとの会話がどうだったかというと、不思議なことにまったく覚えておりません。優しいつづら姉さんのことですから、きっと、何気なくて楽しいお話をしてくれたのだと思います。  なぜ、覚えていないのか。  のちにたくさん会話を交わしたせいでもあるかと思います。しかし、一番の原因は何かと考えると、やはり左の道に入ってはいけないという言葉が、あまりに印象に残ってしまったせいでしょう。  つづら姉さんの家へ行くことができるのは、今日で終わりかもしれない。わたしは泥だらけのローファーを見ながら、そう思いました。悪いことをしたわけではない、というのはわかっています。ですが、どうにも心臓が隠しごとをしているときのように鳴っていたのです。  たった一度の行き返りで、こんなにも後ろめたさを覚えたのです。普段のわたしなら、もう行かないと母親に泣きついたでしょう。  しかし、そうはなりませんでした。魅入られていた、とも言えるでしょう。わたしはもう一度、あの儚げで不思議なお姉さんに会い、彼女の助けになりたいと思ってしまっていたのです。  その願いは簡単に叶うこととなりました。
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