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「ずっと不満だったのよ。ルイスってばうちを出ていって楽しそうにやっているし、でも顔を見れば嬉しいし、こうやって隣にいられると、イヤだったことぜんぶ忘れちゃうのよね、ずるいわルイスって」
「……その言葉、ぜんぶそっくりそのままアンに返すよ」
それはつまり、アンジェラがルイスを大好きであるように、ルイスも自分を大好きでいてくれているということだろうか。もしもそうなら最強だと思う。
「ねえルイス。お父さまにわたしの結婚相手を教えてもらったら、一緒に殴りにいきましょうね」
繋がれた手をそっと放して、アンジェラは握り拳を掲げる。
およそシフォンケーキぐらいしか殴れなさそうな小さな拳を見て、ルイスは嘆息。
「なんで殴るって発想になるんだよ。お嬢さまのくせに物騒すぎるだろ」
「ルイスのお兄さまがよく言ってるわ。拳で語るって」
「兄貴は何を教えてるんだよ」
「おじさまも言ってるわよ」
「脳筋クソ親父」
お邸までの道のりは、ルイスと話をしているとあっという間だ。これからはきっと、こんな時間が長く続くはず。そのための直談判。
そこでふとルイスが足を止め、アンジェラを見つめた。その強い眼差しにドキリとしていると、ルイスがくちを開く。
「アンジェラ」
「な、なあに」
「道はそっちじゃない。ボルガッティのお邸はこっち。真逆だよ。ほんと懲りないよな」
「……知ってるわよ。ちょっとわざと間違えてみただけなんだから!」
示された方向へ歩き始めたアンジェラの腕をルイスが引く。
まだ意地悪が言い足りないのだろうか。くちの悪いルイスもたしかに好きだし、距離を置いたような丁寧口調をやめろと言ったのも自分だけど、からかわれるのは好きではない。
「なによう」
「よし、こっちの道から行こう」
「真逆だって言ったのルイスじゃない」
「すこしぐらい遠回りしたっていいだろ。道はひとつじゃないんだ。この町のどんな細い道だって俺は知ってる。作戦会議しながら帰ろう」
迷っても、惑っても。自分が定めたゴールに辿りつければ、それでいい。
方向音痴を嘆くアンジェラにそう言ったのは両親だった。
アンジェラが欲しい未来を知らない父ではないはずだから、きちんと話せば婚約だってなかったことにしてくれると信じよう。
進むべき道はきっと広く明るい。ルイスがいれば迷うことはないのだから。
彼と彼女は歩いていく。
これからふたりで殴りにいく予定の、まだ見ぬアンジェラ・ボルガッティの婚約者が、他ならぬルイス・アスタルであることが判明するまで。
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