迷子のご令嬢と幼なじみの青年

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「今日はまた随分と遠くまで歩きましたね」 「そうなの?」 「そうなんですよ」 「どうりで見覚えがない道だと思ったわ」  ぼんやりと答えを返すと、ルイスは柳眉を寄せる。こちらを咎めているように思えて、アンジェラは哀しくなる。  哀しくはなったが、自分のくちから出てくるのは悪態だった。完全な八つ当たりだとわかっているが、止められない。せっかく会いに行こうと思っていたのに、なんて冷たい対応。 「ルイスはわたしのことなんて、どうでもいいのね」 「何を言っているんですか」 「ほら、またそういう言い方をする。もっと普通に話してって言ってるのに」 「ですがお嬢さま――」 「たしかにルイスのお父さまやお兄さまは我が家の使用人だけど、ルイスは違うじゃない」  ルイス・アスタルの家族は、ボルガッティ家の使用人として仕えている。  彼の父親はアンジェラの父親の友人であり、側近かつ護衛として傍に付き従っている仲だ。二人いるルイスの兄たちもそれぞれ用心棒としてお邸や店の治安を護っており、幼いころから知っている家族のような存在だった。  当然ルイスも同じような職務に就くと思っていたのに、十六歳になったとたん、彼はお邸を出て城下町の治安部隊へ入隊してしまったのだ。 「ルイスはうちの使用人じゃないから、わたしもお嬢さまじゃないの!」  主家の娘ではないけれど、アンジェラは都では名の知れた商会のお嬢さまではある。それなりに丁寧にされる立場にいることは自覚しているけれど、それでもルイスにそうやって距離を置かれるのは嫌なのだ。  ふくれっ面で睨みつけていると、ややあってルイスは嘆息する。 「……ほんと強情なお嬢さまだよ」  今度の『お嬢さま』は、言葉は同じでもそこに含まれている意味や感情は異なっていることがわかった。小さなころはいつも一緒にいて、ともに成長してきた仲である。ちょっとした表情や声色で感情を読み取ることなど造作もない。 「それで、なんだってこんな場所にまで来たんだよ」 「来たくて来たわけじゃないわよ。ルイスのところに行こうと思っていたら、なぜかここにいるだけで」 「アンは筋金入りの方向音痴なんだから、素直に引率してもらえばいいのに。心配してたぞ」  少女の姿を見失った御者は、すぐに警備隊の詰所を訪ねた。ボルガッティ家の御者の姿は知られており、彼が訪れたとたんルイスが呼ばれる。アンジェラの迷子癖は隊では有名で、ルイスは『アンジェラ係』と呼ばれているらしい。 「このあたりは知らない場所じゃないもの。ひとりでも平気よ」 「お邸の敷地内で迷子になってたやつがよく言うよ」 「うるさいわね。そんなちっちゃいころのことを持ち出さないで!」  頬が熱くなる。侵入者対策として作られた園庭で迷子になったのは確かだけれど、そんなものはもっと幼いころの話。成人を迎えんとする年齢にもなって、さすがに自宅で迷うことなんてないはず。  言い返すとルイスが笑う。その笑顔を見て、アンジェラの胸がずきんと痛くなった。  いつもはもっと楽しいドキドキを覚えるのに、今日はぎゅうっと苦しい気持ちに襲われてしまったのは、婚約者の話を聞いたせいだろう。 (お父さまのばか)  どうして婚約者なんて決めたのだ。  アンジェラはルイスがいいのに。誰とも知らない男のひとと結婚なんて絶対にしたくない。  俯き、唇を噛む。  いつもと様子がちがうことに気づいたか、ルイスが心配そうに声をかけてきた。
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