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「どうした。さすがに疲れたのか?」
「……うん、つかれた」
「もうすこし歩いたところにベンチがあるんだ。そこまで行けるか?」
言ってルイスの手が差し出される。その手を取って立ち上がり、導かれるままに歩き出した。歩調はいつもよりかなりゆっくりとしており、さきほどアンジェラがもらした「疲れた」のひとことを重んじてのことだろうと知れる。
ルイスはいつもこうだ。
アンジェラが迷子になりうずくまっていると必ず迎えに来て、こうして手を引いて歩いてくれる。
幼い子どもの足では広すぎる庭も、お邸内も、買い物に出かけた町の中も。
いつだって手をつないで一緒に歩いた。
年はひとつしか違わないのに、いつのまにか見上げるほどの背丈になり、アンジェラの手をすっぽり包んでしまうぐらいに手のひらが大きくなったけれど、その距離は変わらずにいた。それだけは変わらないと思っていた。ルイスが家を出るまでは。
アンジェラにとってアスタル家は、一緒にいるのが当たり前の存在だった。
曾祖父が興したボルガッティ商会。祖父の代になって業績を伸ばすにつれ、店だけではなく自宅への侵入者対策も必要となり、父が友人夫婦を雇い入れたのだと聞いている。アンジェラが生まれるよりもずっと前のことだ。
ルイスの兄たちはアンジェラを妹のように可愛がってくれたし、アンジェラもまた彼らを兄のように慕っている。
長じるにつれ、彼らは使用人としての振る舞いをするようにはなったけれど、第三者の目が届かないような場所では、いままでどおり妹扱いをしてくれることが嬉しい。
なのにルイスときたら、気づけば距離を置くようになった。そのうえボルガッティ家の仕事ではなく、外へ出ることを望んだのだ。
アンジェラの兄の護衛を、同年齢のアスタル家の長男が勤めているように、アンジェラの護衛はルイスが担ってくれると思っていた。
周囲の者もそういう認識であったし、だからアスタル家の次男は門衛を志願し、侵入者対策に専念していたのだろう。
町に出かけるときはルイスが付いていたし、とにかく迷子になるアンジェラを見つけるのはルイスの仕事だった。どこへ向かえばいいのかさっぱりわからないアンジェラにとって、迷いなく進むルイスの姿は頼もしくて、ずっと一緒にいてくれるのだと信じていたのだ。
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