迷子のご令嬢と幼なじみの青年

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「だって俺は兄貴たちとは違うし」と本人が言うとおり、彼の兄たちと比べると体つきは小さい。アルタル家の男子は筋骨隆々で、いかにも腕っぷしが強そうな体格をしているのだが、ルイスは亡くなった母親に似たらしく、筋肉がつきにくいようだ。同じようにトレーニングに励んでも腕は太くならず、差は開く一方だった。  用心棒にはなれなかったとしても、お邸で他の仕事をすればいいじゃない。  アンジェラはそう思うのだけれど、本人はそれをよしとしなかったようだ。知らないあいだに話がついていて、ルイスは町の警備隊へ行ってしまった。  警備隊は国営組織ではなく、城下町の商業組合が後援している民間の団体である。  はじまりはちいさなものだったが規模が広がり、いまとなっては国からの補助金が出るほどの組織に成長している。当然厳しい訓練もあるし、町の治安維持のために暴力沙汰・揉め事、さまざまなトラブルに対処する能力も必要となる。一般人の就職先として考えるとかなり良い部類に入るだろう。  商業組合の二大巨頭であるボルガッティ家も懇意にしており、今の隊長はルイスの母方の伯父。迷子の常連だったアンジェラを探すルイスの姿は知られており、ルイスもまた警備隊を頼りにしていたらしい。自然と地理に詳しくなり、裏路地も近道も把握するまでにいたったルイスは、むしろ乞われて入隊している。  まあようするに、ルイスが隊員になる土台を作り上げたのは、他ならぬアンジェラ自身なのであった。  そこはかとなく自覚はあるのだけれど、だからといって諸手をあげて歓迎するかといえばそうではない。今はダメでもいずれは隣に戻ってきてくれたらいいかなあと言い聞かせていたところ、浮上したのが婚約者。  ――そんなの絶対ダメなんだから!  家に戻ったら父に直談判するつもりで、そのまえにルイスに会いにきたのは、彼がどう思っているのかを知りたかったからだった。  ルイスは優しい。だからアンジェラは彼の特別な存在なのだと思っていたけど、ルイスがボルガッティ家を出て隊の寮で暮らし始め、物理的に距離が離れてから気づいた事実は、彼はみんなに優しいということだった。  学院の友達が言うには、警備隊にいる黒髪の若い隊員は人気があるらしい。通学の最中、馬車の窓からは、ルイスが知らない女の子と話している姿を何度も見かけている。  王都の城下町は人気のお店が立ち並び、貴族街からの買い物客も多い。若者は外商ではなく直接店舗を訪れる場合が多く、それらをあてこんだカフェや軽食屋も増えているのが現状だ。  荒っぽい隊員も多い中、物腰は柔らかく礼儀正しい年若い青年に道案内をされたいご令嬢は多いことだろう。なんだったらそのままお茶に誘いをかけるかもしれない。  そんな話を警備隊のひとから聞いたこともある。アンジェラがルイスにご執心なのはやはり周知の事実なので、おせっかい、あるいはおもしろがって、ルイスのあれこれを教えてくれるお兄さんたちが多かった。  とぼとぼと歩いていると、余計に気落ちしてくる。  しかし同時に怒りも蓄積されてきた。浮き沈みの激しい胸の内は態度に出ているのか、隣を歩くルイスが問いかけてくる。
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