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「何かあったのか?」
「あったっていうか、あるのはたぶんこれからなんだけど」
「まったく意味がわからんのだが、突拍子もないことをやらかすんだろうなってことはわかった」
「なによそれ。そんな変なことはしないもの。ただお父さまに喧嘩を売るだけ」
「じゅうぶん突拍子もないじゃないか。旦那さまの何が不満なんだよ、娘にはいつだって甘いだろ」
呆れたように言われたので、アンジェラはついにそれをくちにする。
「だって、学院を卒業したら知らない誰かと結婚しろって言うのよ」
正確には「婚約して花嫁修業を始めよう」なのだが、アンジェラにとってそれはもはや『即結婚』と同義。
ルイスはどう思う? と続けて訊いてみようと決意したとき、ルイスの歩みが止まった。
アンジェラは問う。
「ルイス?」
「…………は? けっ、こん? 嘘だろ?」
「な、なんでうそなの。わたしだって女の子だし、十八歳だし、学院の友達にもそういう子はたくさんいるし、だからわたしにだってそんな話があってもべつにおかしくはないし」
アンみたいなお子ちゃまに結婚話なんてあるわけねえだろ、という声なき声を勝手にキャッチして、反論がこぼれる。
嘘であってほしいのはアンジェラだって同じなのに、ルイスに『女性』として認識されていないのは腹が立つ。乙女心は複雑なのだ。
「今から何かあるっていうのは、家に帰ればその相手がいるってことなのか? どこのどいつだよ」
「知らないわよ。聞いたの今朝だし、どんなひとか知っていたら殴りに行ってるわ、グーで」
「アンのグーパンにどれほどの威力もないと思うけど」
「ルイスのお兄さまもお父さまも痛がってるわよ」
「……親父も兄貴もゲロ甘だな」
そこで大きく肩を落として、ルイスはついにうずくまった。
こんな姿は見たことがない。アンジェラの知るかぎり、ルイスはいつでも前を向いて突き進み、我が道を行くひとだ。自分で決めて、町の警備隊に入って、アンジェラのことなんてただの幼なじみとして扱って、もっと遠くに行ってしまうに違いないと思っていたのに、とてもめずらしい弱った態度である。
「ルイスのそんな弱々しい姿、ひさしぶりに見たわ。いつもゴーイングマイウェイなのに」
「それはアンだろ。方向音痴のくせに妙に自信もって進んでいく。だから俺はどこにいても見つけられるように、町の地理を頭に叩き込んだんだ」
「町に詳しくなったから警備隊に入ったの?」
努力が将来の道につながったことは、本来であれば喜ばしい。
アンジェラのためにおこなったことが、アンジェラから距離を生むことになっているのは哀しいけれど。
するとルイスは静かに首を振った。
「違うよ。警備隊に入ったのは、そうすればすぐにアンを見つけられるし、町歩きのときに俺じゃない誰かがアンの道案内をすることはない。この先、他の誰かがその役を担って隣を歩いたり手を引いたりするのを見る心配はなくなるぞ――って伯父さんに唆されたんだ」
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