椎名くんは追いかけない

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「あ」  突然、何かに気がついたような顔つきで、友達の椎名くんが呟いた。  学校からの帰り道、たまたま帰る方向が同じだったから一緒に歩いていた私は、椎名くんの声に驚いて立ち止まった。 「どうしたの、椎名くん」 「見ろよ、あれ」  椎名くんが指をさした方を見てみると、歩道の真ん中に白い夏帽子が落ちていた。  どう見ても子供の帽子だ。あのサイズだったらきっと幼稚園児くらい。   「落とし物かな?」  近づいて拾おうとした私を、椎名くんが「待て!」と止めた。 「なんで? このままじゃ自転車に轢かれちゃうかも」 「分かんないのか、藤川。あれは多分──だ!」  一瞬、時が止まった。 「うん。白いぼうしだね。見りゃ分かるよ」 「そうじゃないよ、『白いぼうし!』小学校の時、教科書で習ったろ!」  椎名くんにそう言われ、私は古い記憶を辿った。  そういえば、小学校四年生くらいの時、『白いぼうし』という教材で勉強したことがあったような気がする。  そこでの白いぼうしはただの落とし物ではなく、小さな男の子が捕まえた蝶をその中に閉じ込め、逃がさないようにと置かれたものだった。 「あれはきっとリアル白いぼうしに違いない」 「そうかなあ?」 「間違いない。そのうちに、持ち主が取りにくるぞ」 「えー?」  気になったのでしばらく見守っていると、本当に小さな男の子がやってきた。  男の子が帽子を拾う。  すると中から、一匹のモンシロチョウがフワッと飛び出した。 「な!」 「マジか」  お話の通りだな。と思ったら、男の子がやけに慌てている。 「あわわわ、どうしよう……。誰かが捕まえた蝶を逃してしまうなんて、僕としたことが……!」  お前の蝶じゃなかったのかよ。  
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