7章【過ちて改めざる是を過ちと謂う】

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 木曜日。監査、二日目。  今日も今日とて桃枝に弁当を差し入れし、山吹はミッションを達成しようとしていた。  さすがに今日の昼は、他の監査士が黒法師を連れて行ってくれるだろう。ほんの少しだけ、山吹は油断をする。  だが、この日。山吹にとってそこそこ重要な問題が起こってしまう。 「なぁ、山吹。凄く今さらなことを、訊いてもいいか?」 「いいですよ。どうしました?」  黒法師はおらず、昼の事務所には他の職員もいない。二人きりの状況に落ち着きをほんのりと失いつつも、冷静に。山吹は椅子に座る桃枝に向けて弁当箱を手渡しながら、小首を傾げた。  しかし、黒法師という男はどこまでも厄介で……。 「その、なんだ。さっき、水蓮と少し話してな。色々あって、水蓮から『恋人の誕生日も知らないのか』って言われたんだが……」  瞬時に、嫌な予感が山吹を襲う。  まずい、まずいまずい。どうして三百六十五日ある内の今日、そんな話題を。山吹の表情は、見て分かるほど露骨に強張っていく。  山吹がどれだけ複雑そうな心境を表情に表していても、桃枝は気付かない。なぜなら桃枝は今、気まずさから視線を落とし、山吹を見ていないのだから。  だからこそ、桃枝は口にした。 「──お前、さ。……誕生日って、いつなんだ?」  よりにもよって、こんなタイミングで。山吹が困惑するとも、知らずに。  管理課が保有する職員の情報を持ってすれば、わざわざ訊かなくても分かるだろうに。それでもあえて、桃枝は本人から訊く道を選んだ。……公私混同や職権乱用をしないのは、桃枝らしいと言えばらしいが。  だが、よろしくない。この問いは、まったくもってよろしくなかった。  なぜなら……。 「──えぇ~っと。……明日、です。ホントの、実話として、明日です」  ──山吹緋花の誕生日まで、残り数時間なのだから。  桃枝だって、考えていなかっただろう。まさか自分が誕生日の前日に、誕生日を訊いているなんて。その証拠に、俯いていたはずだった顔が上げられ、浮かべられている表情がそう言っていた。 「……明日?」 「はい。明日、です」 「四月二十五日か?」 「はい。四月二十五日、です」  むしろ、知っていて訊いてきたのではないか。そう疑いたくなるほど、狂ったタイミングだ。と言うよりも、狂いすぎていっそ正しいのではないかと疑いたくなるほどだろう。  けれど、そんな不信感はどうやら抱くだけ無駄らしい。桃枝の表情は『驚愕』を訴えている。つまり、本気で知らなかったのだ。 「……明日、なのか」 「はい。明日、二十歳になります」 「そうか。……めでたい、な」 「誕生日って、めでたいものなのでしょうか」  例にもれず、いい思い出がない。山吹の誕生日は【パーティー】と称して父親の食べたい物を母親が嬉しそうに作る日だったからだ。夕食も、その後でテーブルに出されるケーキも……どれも全て、父親のためのものだった。  いけない。このままでは、どう転んでも気まずい。山吹は『話題を変えよう』と決心する。 「あっ、知っていますか? 四月二十五日って、フランスでギロチンが処刑道具として認められた【ギロチンの日】なんですって!」 「俺はそれを聴いてなんて言えばいいんだ?」 「それもそう、ですね。すみません」  首絞め、マフラー、ネクタイ、ギロチンの日。山吹の人生には不思議と【首】が関連してばかりだ。笑えない話だが。
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