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 今日も遅くなったと、レイフはハンドルを回しながら、疲れたように息を吐いた。ペコス郡の保安官に選ばれてから数年経つが、まさかFBI捜査官の取り調べを受けなければならない日がくるとは思いも寄らなかった。  クソッと、運転が荒くなる。  警察機構と保安官は違う。保安官は試験に合格すれば得られる役職ではない。地元民の選挙で選ばれるのだ。  ――あいつらとは違う。  レイフは街灯もない真っ暗な道路を運転しながら、胸の中で吐き捨てる。FBI。エリートたちの集団。自分たちこそがステイツを守っていると勘違いしている奴ら。  ――お前らなんかに、俺の大切な故郷を荒らされてたまるか。  脳裏に描かれていくのは、黒髪の捜査官である。一目会った瞬間から気に入らなかった。そう判断した自分の本能は正しかった。口を開けば、人を腹立たしくさせる間抜けな男。 「優しい男性だったわ」  モルグから帰ってきた妻のエリスは、あの男に好意を持った様子だった。 「彼とちゃんと話しあったらどうかしら、レイフ」  仲が良かったダナの死にショックを受けている妻を慰めながら、レイフは正直不愉快になった。  ――エリスは優しいからな。  妻を真っ当に愛している夫はそう決めつけた。俺はエリス程に優しくないからなと、また運転が荒っぽくなる。  ――それより、捜査の方だ。  意識を変えた。間抜けな捜査官とは違い、もう一人の捜査官は自分が頭に描くイメージそのものだった。だからこそ、危険だと感じた。  ――俺たちの中に犯人がいるわけがない。  部下たちには絶対の信頼を置いているので、取り調べを受け入れた。保安官が殺人者などという妄想は、ハリウッド映画だけの世界だ。  レイフは道路を右に曲がった。対向車とは全くすれ違わない。すぐ後ろから車が一台近づいてきたが、余程急いでいるのか素早く追い越して行った。  レイフは舌打ちしたが、自分の車のスピードメーターを確認して、追いかけはしなかった。  これからのことを考える。  FBI捜査官たちは、自分たちを疑っている。おそらく、何かしらの確証を持っているのだ。自分たちへ説明したこと以外に。  レイフの中で、一抹の不安が湧く。   あの頭の切れそうな捜査官が、自分の行動に疑念を持ったら……  ハンドルを握る手に力がこもった。だから何だと激しく唸る。殺人者は捕まえる。だが俺は真実を知りたいんだ。この事件はそれを叶えてくれる。なぜなら、あの男が目の前に現れたのだから……  レイフの瞳が懐かしげに和んだ。今は亡き男性の姿が甦り、様々な想い出が溢れ出てくる。 「……必ず、突き止めてやる」  口惜しそうに唇を噛むと、ハンドルを握り直し、スピードをあげた。  だがすぐに、ヘッドライトが前方の障害物を照らす。  レイフは急ブレーキをかけた。  自分の進路を塞ぐように、一台の車が横向きになって停車していた。  レイフも車を止めた。先程追い越して行った白い車だとわかった。  サイドブレーキを引いて、腰のホルスターから銃を取り出す。腕時計は八時を回っている。事故のせいで車が半回転している様子ではない。人為的に道路の中央に車を横向きで止めているということは、標的は自分なのだろう。  ヘッドライトは白い車の運転席に人影を浮き上がらせる。レイフはライトを点けたまま、銃を手に、慎重にドアの外へ足を下ろした。ドアは開けっぱなしにして、一歩ずつ、その車へと歩をつめる。  白い車のドアがかすかに動いた。  レイフは立ち止まり、引き金に両手を添えて構える。  ドアは周囲を(はばか)るように、少しだけ開いた。 「両手を挙げろ!」  警告を出す。  開いたドアの隙間から、相手に見えるようにゆっくりと人が現れる。  レイフは両目を見開く。  ヘッドライトに照らし出されたのは、アスランだった。  アスランはジェームズ・ルーニー記念公園で逮捕した時と同じ服装をしていた。その表情は硬く、両手を頭の高さまで挙げている。  レイフは銃口を向けたまま、上から下まで何度もアスランを見た。驚きのあまり、すぐには言葉が出なかった。 「……自首しに来たのか」  なぜ突然ここへ現れたのか、レイフは訝る。自分の後をつけてきたのは間違いなかった。 「そうだ」  アスランは強張った顔つきとは反対に、落ち着いた口調で言った。 「だが、条件がある」  レイフは耳を疑った。 「条件? 自首する奴に、そんな権利なんかない」 「私にはある」  アスランは当然のように言い切った。 「私に会いたかったのだろう? ウォーレン保安官」  レイフは顎を引くと、わずかに身を引いた。得体の知れない警戒心が波打ち始める。 「私も、あなたに会いたかった」 「それなら、どうして今頃になって出てきたんだ?」  レイフは銃を構えたまま、皮肉げに問いかける。
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