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「こ、こちらこ、そ… あ、えっ、と… 急に… 突然… 帰ってしまって…… すみません、でした… 」
小さな声でモゴモゴと漸く言って、頭を下げた。
「ううん、俺が悪かったよ、ごめんね」
その言葉に、小さく何度も、俺は首を横に振った。
「あの… 片付け、手伝います… 」
嬉しさで弾んだ胸と、綻びそうな顔を堪えて倫太朗さんを見た。
「本当に?嬉しいなぁ、でもお腹空いてるでしょ?おにぎり、食べちゃってよ」
いつも俺が座っている遠くのテーブルの方を指して、片付けながら倫太朗さんが笑う。
どうしよう、胸がいっぱいだし、お腹なんか空かない。
でも、倫太朗さんのおにぎり、食べないと失礼だよな。
でも、片付けの手伝い… 。
どうして良いのか分からなくて、倫太朗さんから渡された、おにぎりが入った紙袋をぎゅっと抱き締めた。
あっ… 。
おにぎりが潰れた。
倫太朗さんの目線も紙袋に行ってる、なんて失礼な事ばかりしているんだ俺は。
「ご、ごめんなさい… えっと、あの… おにぎり、また取っておいて頂いて… えっ…と… 嬉しくて…… 」
「嬉しくて、おにぎり抱き締めちゃった?」
優しい笑顔で俺を見るから、思わず、コクンと頷いてしまう。
「じゃあ、ここで食べる?」
背もたれのない、丸いパイプ椅子を置き、ここで食べてと、座面をポンポンと叩く。
目が、右に左に激しく泳いだ。
また俺は走って逃げ出したい程に、動揺して、胸がときめく。
でも、もう逃げ出さない。
「…… いい、ですか?」
「勿論」
どうすれば、そんなに優しい笑顔が出来るのだろうと、倫太朗さんに見入ってしまう。
置いてくれた椅子に静かに座って、ぐしゃぐしゃにしてしまった紙袋を開けて覗いた。
… 潰れていた。
おかかと昆布のおにぎりは潰れていて、ああ、どうしようと、きっと情けない顔をしていたんだと思う。
「また握れば大丈夫だよ」
紙袋の中のおにぎりを一つ、奪い取るように引き上げると、両手で潰れたおにぎりの形を整え始めてくれた。
「はい」
形の整ったおにぎりを、俺に渡す。
また、優しい笑顔。
もう、やめて… あまりに切なくなって、小さくしゃくり上げて泣いてしまう。
俺は、どうしてこんな人生を歩いているんだろうって、嘆いた。
倫太朗さんが、好きだ。
でも、俺の置かれている日常は、あまりにも倫太朗さんに近付けるそれではない。
「緒都… く、ん… 」
泣いて、酷く歪んだ顔で倫太朗さんに目を向ける。
「俺は… 汚れた人間で… りん… お、荻本さんに優しくして、貰える… ような人間じゃ、ないん… です」
勝手に「倫太朗さん」と心の中で呼んでいたけれど、実際に呼んだ事はない、「倫太朗さん」と言いかけて、「荻本さん」と言い直した。
「今、倫太朗って呼んでくれようとした?」
嬉しそうに微笑む。
「……… 」
「緒都、好きだよ」
え……… ?
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