974人が本棚に入れています
本棚に追加
倫太朗さんの顔を見なくても、喜んでくれている様子が分かった。
フロアワイパーを手に取ったから、急いでそれに手をやった。
「あ、俺が… やります… 」
「… そ、そう?… ありがとう」
今までとは打って変わって会話がぎこちなくなって、何だか可笑しい。
幸せだった。
倫太朗さんの傍にこうして居られて、とても幸せだった。
先週の様に駐車場まで台車を転がし、違うのは、今日は俺も大きな袋を肩に掛けている事。
ただ隣りを歩いているだけじゃない。
「ありがとう」
積み終えると、恥ずかしそうな笑顔を見せた倫太朗さんが印象的だった。
「来週も待ってるから」
今日は「送ってくよ」とは言わない、それはそうだ。
それを言われて先週、俺は走って逃げてしまったのだから。
実際、そんな事をして貰ったら大変なんだけど、何だろう、残念な気持ち、もっと倫太朗さんと一緒に居たい。
「…… はい」
頭を下げて、踵を返した時、あっと思ってまた振り向いた。
「お、にぎりのお金… 払ってなかった… すみません!」
「なんだ… どうしたかと思った… 少ないけどさ、バイト代、って少な過ぎるよね」
ははははっ!と、漸くいつもの倫太朗さんの笑い声が聞こえてホッとする。
「では… 遠慮なく… 」
もう一度頭を下げ、今度こそ背中を向けて歩き始める。
「緒都っ!」
「?」
呼ばれて、反射的に振り向いた。
「バス?」
「… はい」
「… バス停まで… 送って行ってもいいかな?」
断られるんじゃないかと不安に思う気持ちが顔に出ていて、こんなにカッコいい人がそんな顔、逆に心を鷲掴みにされる。
こくん、と小さく頷くと勢いよくバックドアを閉めて満面の笑みで走り寄ってきた。
どこのバス停まで? と嬉しそうに訊いてすぐに、ハッとした顔をした倫太朗さん。
「あ、違うよ、別に変な意味で訊いたんじゃないからね、えっと、ほら、普通の会話?だからね」
俺が何処に住んでいるのか知りたくて訊いたと思われたくないみたいで、倫太朗さんが必死に言い訳をしている姿が可笑しかった。
「南藤三です」
「そっか… 何分位? あ、いや… 何だか話し辛くなっちゃったなぁ、変な風に思わないでくれよ」
「… 大丈夫です」
ふふっと笑いながら俺が答えると、倫太朗さんも嬉しそうに笑った。
バスが来るまで喋っていたのは殆ど倫太朗さんで、俺は、はにかんだ笑顔を見せながら、たまに相槌を打ったり、訊かれた事に答えたりしていた。
そんな楽しくて幸せな時間が過ぎるのはあっという間で、バスが来ると悲しくなった。
バスの中から頭を下げて挨拶をすると、倫太朗さんは大きく手を振って少しバスに走って付いてくるから、ハラハラして見守っていると周りの目が痛い。
でも、胸がぽわっと温かくなって自然と口元が綻んだ。
最初のコメントを投稿しよう!