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初めてのキス
「今回は少し強い薬を出しましょう」
また眠れない日が続いて、主治医に話すと薬を強くすると言われる。
せっかく調子の良い日が続いていたのにな、と自分でがっかりした。
倫太朗さんに告白されてから、特に俺の気持ちを伝えてはいないけれど、何となくいい感じで毎週金曜日の片付けを手伝っている。
でも、強い薬を出されて少し元気がないのがばれた。
「何か、あった?」
フロアワイパーで床を拭いていると、倫太朗さんが覗いてくる。
「あ、いえ… 別に… 」
首を小さく横に振って少し微笑んで見せた。
ジッと見られて目が泳ぐ。
「嘘が下手だね、緒都は」
微笑みながらそう言うけれど、おそらく、嘘は得意だ。
大紀の事を隠せている。
大紀にだって、倫太朗さんの事はばれていない。
「月曜と水曜は大学で出店してて、木曜と土曜は違う病院で店を出してる、どこかの曜日、手伝って貰えないかな?」
突然に言われて戸惑う。
確かに、倫太朗さん一人でよくやってるなと思える程におにぎり屋さんは繁盛していた。
手伝ってくれる人がいたら、もっと量を出せて売れると言う。
絶対に無理だ。
でも、最近の俺は欲が出てきていた。
本当に沢山の事が変わり始めていた。
悩んでもっと眠れなくなるかも知れない、それなら強い薬を貰えばいい事だ、以前の、生気のない感情のない生活を思ったら、薬が強くなっても人間らしく生きていきたいと思うようになってきた。
「…… 考えてみます… 」
「出来たらでいいから、体と相談して、大丈夫そうなら… で、いいからね… 」
聞いてはみたものの、俺の反応を見て、慌てて倫太朗さんが言葉を付け足した。
少し気不味くなる。
車まで荷物を運んでいる間、いつもなら色々と話してくれる倫太朗さんの口数が少ない。
さっきの事を気にしているのかな?
気持ちが落ちた。
何が起きたのか、一瞬、分からなかった。
荷物を全部車の後ろに積み終える頃、倫太朗さんの唇が俺の唇に触れた。
最後の大きな袋を積む為に、体半分車の中に入っていた、その時。
「え?」
思わず声に出してしまった。
「あ、ご、ごめん… 怒った? 気分、悪く、したよね… 」
ジッと倫太朗さんの顔に見入っていた俺が瞬きをした時、大きな涙がポロリとこぼれ落ちた。
「本当にごめん… 堪らなくてさ、つい… もうしないから、絶対にしないから… 今の忘れてくれよ… 」
俺が倫太朗さんの所に来なくなってしまうのを、不安に思っている感じだった。
「…… 忘れません… 」
「ええっ? っと… どうしよう、ごめん… 」
汗だくになって、頭を掻いている倫太朗さん。
忘れない、忘れたくない。
こんな素敵なキス。
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