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大事なものに触れる様に、倫太朗さんの唇が俺の唇に触れた。
ほんの一瞬。
今のは忘れてくれ、と焦って謝る倫太朗さんに、「忘れない」と言った。
キスが、こんなに素敵なものだと思わなかった。
忘れたくない、ほんの一瞬の感触だったけど、絶対に忘れたくない。
大きな涙が一粒こぼれた後、次から次に涙が流れて倫太朗さんを困らせた。
「本当に… 本当に、申し訳ない、ごめん… あの… 」
酷く困った顔で俺の目を見ずに、ずっと頭を掻いている。
「…… 好きです… 」
「ホントにごめん……… えっ?」
俺だって堪らずに、倫太朗さんに好きだと告げてしまう。
顔をぐしゃぐしゃにして泣きながら、「好きです」と言ったから、倫太朗さんが固まっている。
「あ、の… 」
「倫太朗さん、好きです、俺… 」
泣いてしまって、小さくヒックヒックとしゃくり上げる俺の声だけがして、二人して黙ったまま、ずっと見つめ合った。
倫太朗さんの両手が俺の頬を包み込み、親指で涙を優しく拭う。
車のバックドアは開いたまま、腰を屈めないで立てば倫太朗さんの頭はドアに当たる。
ずっと、少し腰を屈めている倫太朗さん。
少しずつ、倫太朗さんの顔が近付いてきて、また唇が触れた。
頬を包み込んでいる倫太朗さんの両手の上から、手を添えた。
一度離すと、はむっとまた唇が少し深く触れてくる。少し吸いながら何度も、はむっ、はむっと右に左に顔を傾けて俺の唇に吸い付いた。
頭がボーッとしてくる、夢の中にいるようで、夢ならどうか醒めないで欲しいと願った。
「緒都… 」
名前を呼ばれて、熱いキスになる予感がした。
このまま流されてしまったらどうなるのだろうって、そう思ったけど… 大紀の顔が浮かんだ。
「……… ごめんなさい」
俺の頬を包んでいた倫太朗さんの手を、握って離す。
キスをした喜びや幸せで流した涙より、もっと多くの涙が流れた。
幸せより、苦しみの方が大きい。
辛さや苦しみは、時間と共に慣れる。
喜びや幸せは、もっともっと、と求め続ける。
無理だ、幸せを求め続ける熱量なんか、俺には無い。
「何が、辛い?」
何も知らない倫太朗さんが、頬から離された手で俺の手首を捕まえて、強く握ってそう訊いた。
「話して… 俺に緒都の苦しみを話してくれないか?」
そんな事は死んでも無理… 話すくらいなら、この恋は諦めた方が正解だ、そう思った。
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