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崩れる幸せ
表情の無い顔で立つ大紀を見て、凍りついていた体が次に震え出した。
一瞬で只事ではないと察した倫太朗さんが、ゆっくりと、大紀と俺に視線を動かしたのが分かる。
「弟がいつもお世話になっております」
それでも、丁寧に挨拶をする大紀に、(お兄さん、いたの?)と訊いている表情を俺に見せた倫太朗さん。
立っていられなくなって、その場に倒れる様に座り込んだ俺に、急いで手を添えようとした倫太朗さんに大きな声で制した大紀。
「触らないでっ!」
倫太朗さんが、驚いた顔で大紀を見ている。
「失礼します」
作業スペースに入り込んできて、大紀が強く俺のシャツを掴んで持ち上げた。
「何するんだっ!」
その様子に倫太朗さんが大紀の腕を掴むと、大きく振り払う。
「貴方こそ、僕の緒都に何してるんですか?」
「え?」
今度は倫太朗さんが固まった。
終わりだ… もう終わりだと思って、体中の力が抜けていく。
「さぁ、帰ろう緒都、今夜は沢山、懲らしめが必要だね」
にっこりと笑い、俺を凝視しながら肩に回した手で頭を撫でた。
「さぁ、立って」
脇の下に手を当てられて、立つようにと促されても、力が入らなくて立ち上がれない。
「早くっ!」
苛立った大紀の声に、震えながら立ち上がった。
倫太朗さんの顔を見る事なんてとても出来なくて、ピクピクと痙攣する顔で大紀に引っ張られるその時、
「待てよ」
倫太朗さんがまた大紀の腕を掴む。
「何? 僕にも触らないでくれるかな?」
「僕の緒都って? 何それ」
「… は? 緒都、説明してあげなよ」
半分笑いながら俺を見る大紀と、振り払おうとする大紀の腕を離さない倫太朗さん。
俺はもう虚ろで、感情は無くなっている。
「こういう関係だから、僕達」
そう言うと、大紀が俺のシャツを捲って見せた。
大紀は、見えるところには絶対に付けなかったけど、見えない所に沢山の赤や赤紫の痣を付けた。濃いものから、時間が経って薄くなったもの、吸い付かれて付いた痣で覆われている俺の腹と背中を倫太朗さんに見せた。
涙が込み上げてきて喉の奥が痛い。
唇を噛む俺を見ている倫太朗さんを気配だけで感じ、胸が破れそうに痛い。
「病院から帰ってきた毎週金曜日、少しご機嫌なくせに、僕とのセックスでイかないから、何かあると思ってたんだ。だから今日、大学は行かないで緒都の後をずっと尾けてた」
俺も倫太朗さんも声が出ない。
「ほら、ちゃんと歩いて」
力が入らない俺を、引き摺る様に連れて行く。
さようなら、倫太朗さん。
最後に泣き顔は嫌だった、込み上がる涙を必死に堪えた。
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