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自分を取り戻す為
着いたのは古びた一戸建ての家。
かつて何かの店をやっていたのか、車を駐車場に入れる前に目に入った家の正面を見て思った。
「俺ん家、入って」
倫太朗さんの家、怖さもまだ消えてないのに胸がトクトクと踊って自分を戒めた。
「誰もいないから… 俺一人で住んでるから気を遣わないで」
裏口から入ると直ぐに小さな厨房があって、店だっただろう正面はシャッターで閉まっていた。
「じいさんの店なんだ、昔、和菓子とかおにぎりとか売ってた、皆んな死んじゃって俺が一人で住んでる」
俺の事を何も知らない、知りたいと言った倫太朗さん、俺だって倫太朗さんの事を何も知らなかった。
「… ここ、で、おにぎり、を作ってるの?」
「ああ」
嬉しそうに倫太朗さんが笑った。
小さな厨房を抜けると二階に上がる階段で、畳の部屋と台所があり、更に階段、この時三階建と分かる。
「土地が狭いからね、上に伸びるしかなかったんだろうね」
それでも都内の小さな商店街の一角、取り壊すにもお金が掛かるから一人でも住んでいると話してくれた。
古びた家には味わいがあって、物珍しそうに家中に見入ってしまう。
「古くてびっくりだろう?」
そんな倫太朗さんの言葉に、大きく首を横に振った。
「… なんか… 落ち着く… 」
「そう?」
嬉しそうな倫太朗さんの笑顔に胸がトクン、とした。
「あ… お腹空いてない? すったもんだしたから、昼、食べれてないじゃん」
「…… 大丈夫… 」
そう答えた途端に、腹の虫が激しく鳴いた。
普段、空腹を感じる事なんてそうそう無いのに、何で今お腹が鳴るかなぁと思って顔が歪んだ。
「何か、作るか」
満面の笑みで倫太朗さんが台所に向かう。
炒飯を作ってくれて、こんな時なのに普通に食べれた。凄く美味しくて自然と笑顔になる。
何が辛いのか、何に苦しんでいるのか聞かせて欲しいと言っていた倫太朗さんだったけど、少し察したのか、何も聞かない。
「片付けて来るから、ゆっくりしてて」
「あ、手伝います… 」
「いいよ大丈夫、文庫本とか読んでていいよ、あ、上は俺の部屋、違う本が見たかったら勝手に入って見てみて」
倫太朗さんの部屋にはとても興味を持ったけど、初めて来た家で、そんな事は勿論出来ない。
二人で話す様になるまで、離れたテーブルで文庫本を読みながらおにぎりを食べている俺を見ていた倫太朗さん。
本をよく読むと思ったんだろう。実際は読んでいる振りだったけど、本を読むのは普通に好きだ。
家にこもっている時に出来る事と言えば限られている。
居間にある文庫本を何冊か手に取り、ペラペラと捲って何行か目を流すと、面白そうな本をそのまま読み始めた。
とても安心出来た。
あんな事があって、この先を考えると不安と怖さに押し潰されそうになるのに、大紀の知らない空間だからか、倫太朗さんがいるからか、こんなにも安心出来る時間は久し振りで、知らないうちに寝てしまっていた。
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