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「病院、変える?」
ふぅーっと溜め息を吐きながら、大紀が俺の目をジッと見て言う。
嫌だ、病院を変えたくない、と言うか… 倫太朗さんに会えなくなる。
「今の病院でいいよ」
「どうして?僕も一緒に行けないのに…… 」
そう言って傍に近寄ってきて、俺の頬を撫でて悲しそうな顔をする。
キスをされる… 一瞬、倫太朗さんの顔が浮かんで顔を背けた。
すぐに飛んできた平手打ちに、思い切り顔を歪めたけれど、大紀はジッと俺を見据える。
「可愛くないよ、そういうの、緒都はそんな子じゃないだろう?」
「………… 」
唇が触れると一気に大紀の舌が這入ってきて、ピチャピチャと厭らしい音を立てた。
前は平気だった。
大紀に何をされても感情なんて無かったから淡々と遣り過ごす事が出来たし、射精せばそれなりにすっきりとはする。
でも最近は違う、嫌だと思うようになってきてしまった。
倫太朗さんに出会ってから。
「そう、いい子だね、僕の綺麗な緒都… 」
言う通りにしていれば、とんでもなく優しい大紀。
だから俺はずっと… 誰かを好きになる事なんて無いって思っていた。
そんな感情、俺の中に無いって思っていた、倫太朗さんに会うまでは。
「最近、少し顔色が良さそうだね」
主治医が微笑みながら俺の顔を見る。
今の俺の一番の楽しみは、この病院に来る事だ、倫太朗さんに会える。
楽しみがある事自体、俺には考えられなかったこと、顔色だって良くなるのは不思議じゃない。
「… そう、ですか?」
「うん、いいよ、顔色。何時から何時まで眠れてる?」
「だいたい… 深夜の十二時過ぎから朝の六時位まで… です」
毎回睡眠の時間は訊かれる。
とりあえず適当に答えているけれど、薬のお陰で夜は眠れている。
今日は少し冒険してみようかな… 。
おかかと昆布以外も食べてみよう、ツナマヨや鮭マヨなんか美味しそうだ。
会計も終えて、倫太朗さんのおにぎり屋さん、お店の名前はそのまま『おにぎり屋さん』で、『さん』も付いている。
おにぎり屋さんに向かうと、いつもの様にお客さんの列が出来ていた。
おにぎりにもだけど、きっと倫太朗さんファンも沢山いるんだろうと思った。
病院の職員みたいな人だって並んでる。
列が長ければ長い程、俺は嬉しい、ずっと倫太朗さんを見ていられるから。
もうすぐ俺の番、倫太朗さんと会話する、ドキドキしてきた。
(ツナマヨと鮭マヨください)
並んでいる間中、何度も心の中で練習した。
「あ… ツナ……… 」
「いらっしゃい!おかかと昆布ねっ!」
顔中、口になってるんじゃないかと思える程の笑顔で倫太朗さんが言うから、
「は… はい… お願いします…… 」
まぁいいか、倫太朗さんの凄い笑顔が見れたから。
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