<5・フルートのセシルⅤ>

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 *** 「……本当に申し訳ないことをしたわ」  ドレスを着替え、警察の自嘲聴取から夫人が戻ってきたのは夜になってからのことだった。  彼女は御者とともに楽器店を訪れると、深々とチャドたちに頭を下げてきたのである。ちなみに、今日はセシルも楽器店に泊まることになった。彼の両親が許してくれたからだ。一刻も早くセシル専用の武器を作りたい、と頼んだチャドの熱意を受けてくれた形である。 「馬車の中でフルートを吹きながら町を回ってたの。私の曲はこんなにすごいのよ、この町の誰より凄いのよって証明してやりたくて。まさか、モンスターを呼び寄せてしまうなんて思ってもなかったわ。悪意や苛立ちを込めて演奏するとこういうことが起きることもあるなんて……正直都市伝説だと思ってたのに」 「まあ、ドシロートだったらそうそう起きないことだよ。あんたにある程度フルートの腕前があったからこそ起きた事故だ」 「お世辞でも嬉しいわ、ありがとう」  夫人はここでやっと名前を名乗った。ジェファニー・マガレイトらしい。マガレイト男爵の奥方だが、旦那の方は海の向こうへ出張中とのこと。今回のことで連絡が行くのが憂鬱だ、とため息をついていた。 ――しかし、ちゃんと反省できるじゃないか。……思ったより、悪い人じゃなかったな。  少しだけチャドは安心した。ジェファニーが本気で落ち込んでいるのが見てとれるからだ。  実際、自分は彼女の腕をこき下ろしたが、それは彼女がある程度フルートが演奏できる人間であればこそ。ズブズブの初心者だったなら、もう少し優しくアドバイスの一つもしただろうし、逆にお世辞も言ったかもしれない。それなりに腕がある人間が、楽器の良さも音色の深さも理解していないことに苛立ったのだ。――彼女が音楽を愛しているのが、音色から伝わってきていたからこそである。 「グレージャイアントを鎮めた彼の演奏、わたくしもはっきりと聴かせて貰ったわ。素晴らしかった。わたくしが今まで聴いた、どんな人の演奏よりも」  彼女はちらり、とカウンターの奥に座るセシルに視線を投げる。セシルは恥ずかしそうに、ありがとうございます、とぼそぼそと返した。褒められるのに慣れていないのかもしれない。なんとも初心な反応である。
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