<3・フルートのセシルⅢ>

3/4
前へ
/158ページ
次へ
 無論、救世楽団に入ればあらゆる人間から羨望の目を向けられ、尊敬され、庶民であっても上級貴族同然の生活ができるので入りたい人間は多いのだが。この国では音楽ができる人間は多かれど、専業者が多いわけではないのだ。それこそ学生をやりながら音楽を嗜んでいる者もいれば、農業や工業、接客業などをやりながら音楽を楽しむ人間も少なくない。  他に仕事がある人間を、無理やり引っ張り込むわけにはいかないのだ。例え世界を救うための楽団だとしても、むしろそういう楽団だからこそ練習の拘束時間は非常に長い。事実父の代でも、他に仕事があるからムリ!と候補者に断られてしまったことも何度かあったと記憶している。 「……チャドさん……」  そして、目の前の少年も。チャドの提案に、困ったように眉を寄せて言ったのだった。 「非常に有難いお話なのですが。私に務まるとは、とても思えません」 「理由は?」 「貴方も想像がついているはずです。私は……この通り、お世辞にも体が丈夫とは言えません。医者には、大人になるまで生きられないのではないかと言われております。むしろ、十五の年になるまで永らえたのが奇跡のようなものです。原因不明の難病で、生まれつき心臓が弱いのです。今まで何度も死にかけたことがあります。救世楽団の練習に、耐えられる自信がありません」  ああ、やっぱりそう言われるよな、と。チャドは頭を掻いた。  彼が管楽器の奏者でなかったならまだしも、管楽器は肺活量が重要になってくる。実際、彼の唯一の難点がそこであるのは明らかだ。トランペットやトロンボーンほどの肺活量は必要なかろうが、それでもやや音の飛びが悪いと感じる。実際に採用するのであれば、肺活量の鍛錬は必要不可欠だ。外に出るのもままならないような彼が、果たして練習をこなしていけるかどうか。 「この世界の行方は私も憂いております。この命が世界を救うために役立つのなら……ここまで育ててくれた両親への報恩になるのなら、何も惜しくはありません。しかし、それは任務を達成できるのであればのこと。私のように練習もままならない人間が混じっては、他の方々にも迷惑となってしまうでしょう」  ですので、申し訳ありません、と彼は頭を下げてきた。 「どうか、救世楽団のフルートは、他の方に。私はこうして……残る人生、一人音色に浸っていられるだけで幸福なのです」
/158ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加