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<5・フルートのセシルⅤ>
「あわわわわ、あわわわわ……」
予想通りと言えばいいのか。セシルを背負って現場近くに向かえば、男爵夫人がグレージャイアントを前にしてへたり込んだままだった。チャドがセシルを連れて戻ってくるまで多少時間はあったはずだというのに、それまでずーっとしゃがみこんだままでいたのかと思うとだいぶ情けない。
まあ、マーヤが言っていたことが誇張でもなんでもなく、派手な赤いドレスがぐっしょり濡れるほど失禁してしまったせいで動けなかったというのもあるのだろうが。あの状態で逃げるのを恥だと思って立ち上がれなかったのか、あるいは本当に腰が抜けてしまってどうにもならなかったのか。いつもろくに歩いてないせいで、馬車が壊れて御者が気絶している状態では自力で逃げられなかった、なんてこともあるのかもしれない。
「ちょっとオバさん、そこでしゃがみこんでないで、さっさと逃げておくれよ!あたいが逃げられないじゃないか!」
そんな女性に対して、時々トロンボーンを吹くのをやめて怒鳴っているマーヤの姿。命が危なかったら逃げるからねと言っていたくせに、なんだかんだ彼女もお人よしだ。必死で女性の腕を掴んでぐいぐいと立ち上がらせようとしている。
「ほら立って、立ってってば!ああもう、おばさん太りすぎ、もっとダイエットしなよ!いっつも馬車で移動ばっかしてるからこういう時逃げられないんだよー!」
「……あいつ、意外と余裕あんのな」
まだ毒舌でツッコミをするだけの余力がある。なんとも強い我が弟子だ、とチャドは感心してしまった。どう頑張っても夫人が動かないと見るやいなや、すぐに演奏に戻るあたりも割り切りがいい。
顔を真っ赤にして、一生懸命トロンボーンを吹き続けるマーヤ。彼女が吹いている音楽は、傍にいる対象を疲労させ、動きを鈍らせる音楽だ。そのおかげでグレージャイアントの動きも鈍っており、破壊活動は大人しくなっている。が、はっきり耳に入れた途端、チャドもどっとセシルを背負って走ってきた疲れが襲ってきた。
音楽魔法はこのあたりが難しい。特に特定の相手にダメージを与えたい、あるいは動きを制限させたい魔法。音楽を聞いた存在全てに魔法がかかってしまうのである。無論、ある程度訓練を積んだ音楽家であるならば、音の方向を操作して対象を細かくコントロールすることも可能だったりするのだが。
「オオオオオオオ、オオオオオオオ……!」
グレージャイアントはマーヤの音色に抗おうと、ゆっくりと頭を振っている。術が解けたら一気にマーヤを襲ってくる可能性が高い。その前に急ぎ決着をつけなければならないだろう。
「セシル、あいつが自分の意思で森に帰ってくれるようにしたい。どこで演奏するのがベストだと思う?」
チャドが尋ねると、でしたら、と彼は近くのマンションを指さした。
「疲れているところ申し訳ないのですが、あのマンションの屋上まで私を連れていっていただけますか?高い場所から一気に狙い撃ちます」
「よしきた!」
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