<6・クラリネットのダイアナⅠ>

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 ***  事の起こりは一週間ほど前に遡る。  セシルを救世楽団に登録してから半月ほどが経過していた。 「神の楽器を作るには、結構時間がかかるんだ。特にフルートってやつは、繊細な作業が必要でな」  店のカウンターを使って、チャドはセシルに神の楽器を作る工程を説明していた。彼が救世楽団に入らなかったとしても、チャドは自前の楽器をプレゼントするつもりではいたのだが。楽団に入ると決まった以上は、普通の楽器ではいけない。特別な魔法を施した楽器を製作するのが、チャドの仕事である。 「まず、ヒスイ鉱石を溶かして、ヒマリ鉄と混ぜ合わせる。そうして出来上がったミスリルの塊を熱いうちに叩いて核金(かくがね)を作るんだ。ここでどれほど丁寧に叩いたかどうかで、楽器本体の丈夫さが変わってくる」  近頃流通している安い楽器は、核金を叩くのを怠っているせいで脆いものが多い。神の楽器以外でヒスイ鉱石は使わないが、ヒマリ鉄を固めて作る点は普通の楽器も同じなのだ。もちろんこれは管楽器の場合で、弦楽器になると全く別の工程を踏まなければいけなくなるわけだが。  安い楽器は、不純物が混ざりまくった安いヒマリ鉄を使っている。しかも、さっさと仕上げることを優先してろくに叩かない。そのせいで、完成した楽器の強度が極端に落ちていたり、音色が悪かったりすることが殆どなのだ。悪い楽器は音色を聞いても姿を見ても一発でわかることが多い。  ちなみに、先日チャドはマガレイト夫人に憤慨していたわけだが。その理由の一つは持っていた楽器を大きく損なってしまっていたから、である。男爵夫人が持つ楽器なので安物であるはずがないのだが、彼女のフルートは裏側に家紋を刻み込んでしまっていた。特注の一品物として威光を示したかったのだろうが、本来はない溝を刻んだせいで音が壊れてしまっていては元も子もない。  しかも、本人がそれに気づいていないときた。そりゃ、チャドが呆れるのも無理もないことだろう。 「魔法文明が発展してから、昔よりずーっと安全に楽器が作れるようになったんだぜ。昔は熱々の鉄と延々お付き合いしなきゃいけなかったからな。今なら溶かした鉄を固めて叩く時以外、火傷の心配はねえ」 「そうなんですね。今はどこまで出来ているんですか?」 「核金はもう出来てるし、十分に叩いた。そこから冷まして、特注の魔法陣の上で伝承魔法を作って楽器にしていくんだ。そんなわけで、もうお前さんのフルートはフルートの形にはなってるんだが……どうにも音色がいまいちしっくり来なくてなあ」
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