<6・クラリネットのダイアナⅠ>

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 フルートの大凡の形が出来てから、が一番時間がかかるところだったりするのだ。  魔法陣の上に浮かび上がらせた笛を、風の力で少しずつ削って音を調整していく。フルートは他の木管楽器と違ってリードを削る手間はないのたが、その分空洞の“響き方”で大きく音色が変わってきてしまう。場合によってはもう少し熱を加えて変形させる必要もある。この微調整が、存外難しいのだ。 「世界で一つだけの、セシルのためだけのフルートを作るんだ。そりゃ、手なんて抜けるはずがねえ。時間がかかってて申し訳ないが、もう少し待っててくれねえだろうか」  チャドが申し訳ない気持ちで頭を下げると、とんでもないです!とセシルはぶんぶんと首を横に振った。 「むしろ私こそ……こんなに丁寧に楽器を作って戴けて嬉しく思います。どのような品が出来上がるか楽しみです。自前の楽器はありますし、練習には問題ありませんから大丈夫ですよ」 「そりゃ良かった。……例の曲は演奏できそうか?フルートはソロパートもあるし、かなり難しいと思うが」 「そうですね。トリル地獄を乗り切る体力をつけなければいけませんが、それ以外はなんとかなると思いますよ」 「ははは、そりゃそうか」  フルートという楽器の魅力は、柔らかく高い音と、軽やかに跳ねるようなトリルにあるとチャドは考えている。細かく刻むように指を動かし、飛び跳ねるように高音でダンスする。フルートとピッコロ限定の見せ場と言っても過言ではない。  セシルの最大の問題は、その肺活量の無さだ。彼の場合心臓が弱いせいで、激しい演奏や運動が難しかった。セシルが救世楽団入りを断ろうとした理由の一つはそれである。自分では、龍神様に捧げる曲を演奏しきることが難しいと考えたからだと。  だが、暫く調べていくうちにわかったことがあるのだ。セシルは幼い頃から、少しフルートを吹くだけで動物や人の荒れた気持ちを鎮めることが得意だったという。そこまで実力がない時から、音楽魔法を無意識に扱えたというのだ。  どうやら、彼は生まれつき莫大な魔力を持って生まれた典型であったらしい。どうやらその魔力の強さに耐えかねて心臓が悲鳴を上げていた、というのが真相であるようなのだ。  裏を返せば。その魔力のコントロールをきちんと学べば身体の負担も減り、体力もつくということである。事実、半月前に魔法学の先生を雇って訓練するようになってから、セシルの体調は劇的に良くなっているようだ。  まだ人並み以下の体力であるようだが、それでも丘を歩いて下って楽器店まで散歩できるくらいにはなった。十分すぎるほどの進歩だと言っていい。
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