<7・クラリネットのダイアナⅡ>

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<7・クラリネットのダイアナⅡ>

 ジェファニー・マガレイト夫人の側に引っ付いていた少女は、夫人の娘であったらしい。母親そっくりで、随分とふくよかな体型をしている。その上、一応はニコニコと笑みを浮かべている母親と違い、娘は随分と無愛想だ。お団子状にまとめた髪が気になるのか、さっきからしきりに自分の頭のてっぺんを触ってばかりいる。 「ママぁ、こいつらに何の用なわけぇ?こんなド田舎まで来てさぁ」  マーヤと同じか、少し年上くらいに見える少女は、超ご機嫌ナナメですというのを隠しもせずに言う。 「あたし嫌なんだけど。なんでこいつらにヘラヘラと媚を売らなくちゃいけないわけ?ママを救世楽団に入れてくれなかった人たちなんでしょ?ただでさえ下民のところに来るだけでムカつくってのにさ。こんな小汚い楽器店なんて、近寄りたくもない」 「ああ?どこが小汚いってえ?」  チャドが何かを言うより先に、マーヤがギロリと少女を睨んだ。 「随分とお貴族様は口が達者なようだねえ?表に出な、クソ女。あたいがみっちり、教育し直してやっからよぉ?」 「うわぁ、“あたい”ですって、下品な言葉遣い!暴力で解決しようだなんて、やっぱり下民は下民だわっ!」 「こ、こら、マリー!余計なこと言うんじゃありません!」  貴族としては、珍しい考えでもなんでもない。多分マガレイト夫人も、普段から似たようなことを口にしているのだろう。  マーヤはガルルルルル、と狼よろしく唸っているが。チャドとしては今更腹が立つことさえないのが本音だった。ましてや、親の教育に染まりきった子供相手に本気で怒るなど馬鹿らしい。誰かを貶めることでしか、自分達の優位を信じられないなんて、むしろ気の毒だと思うほどだ。 「ご、ごめんなさいねチャドさん。娘がとんだ失礼を!」  とはいえ、母親の方は以前の一件で多少なりに考えを改めたらしい。そんなこと言っちゃだめでしょ、と娘をちゃんと叱っているだけ立派なものだ。 「階級がどうであっても、素晴しい音楽を奏でられる人間はいるものよ。そちらのセシルくんも素晴しいフルートの腕の持ち主であったし、マーヤさんのトロンボーンも素敵だったわ。わたくしはあの方々に命を救われたのよ。滅多なことを言うものじゃありません」 「うう……だってママ……」 「あーあー、いいっていいって。アンタがうちの弟子とセシルを認めてくれるってだけで俺としても十分嬉しいし気にしてないよ。それより今日の用件はなんなんだい?」
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