<7・クラリネットのダイアナⅡ>

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 とりあえず、さっさと話を進めた方がいいとチャドは判断した。側にいる娘が泣きそうになっていたのもあるし、何より純粋に褒められて悪い気はしなかったからである。  セシルの腕前を認めてくれたのは前の発言からわかっていたが、マーヤのことまで称えてくれたのは予想外の喜びだ。いい耳してるじゃないか、なんて柄にもなく嬉しくなってしまうものである。  音楽を愛する人間に、心からの悪人はいない。かつて父は自分にそんなことを言っていたが、それは本当なのかもしれなかった。お高く止まった貴族様だったとしても、音楽を通せばわかり合うこともできるのだと。 「ご、ごめんなさい。話が逸れてしまいましたわね」  慌てたように、マガレイト夫人は引き攣った笑みで答えた。 「その、チャドさんは国家認定の楽器職人でしょう?救世楽団の選抜を一手に引き受けてらっしゃるのよね?」 「ん?まぁ、そうだが」  正確には、チャドが“こいつなら任せられる”と思った人間がいれば、申請書を書いて王様に提出するという仕組みだ。そこで王様がオーケーをくれれば、正式に救世楽団のメンバー入りとなる。  といっても、実際のところそれは建前のようなもので、王様はほぼハンコを押すだけに等しいのもわかっている。なんせ、チャドもチャドの父も、自分達の申請書が弾かれたことは一度もないのだから。まあさすがに仲の悪い諸外国の人間を採用するとなった場合は、一悶着あるのかもしれないが。 「その救世楽団なんですけど、クラリネットの枠はまだ空いているのかしら?推薦したい……というか、少し調べてほしい相手がいるのだけれど」  もしや、そこの不機嫌な娘を推薦してくるつもりではなかろうな、とチャドは警戒していたのだが。マリーは楽器ケースを持っている様子ではないし、何より“調べてほしい”という言い方が気にかかる。どういうつもりだ、とチャドが眉間に皺を寄せると。 「クラリネットの名手が、娘の通う学校にいるかもしれませんの。ただ、少し困った案件でもありまして。実力はあっても、救世楽団に相応しいかは正直疑問ではありますの」 「というと?」 「娘が通う、ルチアーナ学園中等部にて、最近妙な悪戯が頻発しているんですわ。マリーはそれについて詳しいから、今日は特別に連れてきましたの」  どうやら、娘が引っ張り出されたのはそれが理由だったらしい。  ルチアーナ学園ってどこだったっけ、とチャドが記憶を辿っていると、意外なところから声がかかった。 「王都にある、貴族専門の学校の一つですね」  セシルだ。どうやら、彼はこういうことに詳しいらしい。
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