<1・フルートのセシル>

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 チャドの言葉に、女性は激怒して暫く喚き散らしていた。よっぽど己の腕前に自信があったのだろう。  こういう輩を追い返すと面倒くさいと知っている。ただでさえ、貴族の連中の多くはプライドが高いやつらが少なくないのだから。  が、面倒だろうとなんだろうと、チャドも退くわけにはいかない。ヘタクソな人間を選んで、神様の機嫌を損ねては本末転倒なのだから。女は暫く食い下がったが、チャドが譲らないのを察してかやがては引き下がった。 「このクソオヤジ!ブサイク!下民!あんたみたいな奴が認定職人なんて、この国も落ちぶれたものねっ!!」  それは遠まわしに王様を批判しているのだが、いいのだろうか。チャドは呆れ果てたが、余計なことを言うのは控えた。どうせ、何を言っても無駄だ。 「つーか、俺まだ四十歳なんだけど。あのオバサンより年下だろうがよ。……それとも何か?俺ってそんなに老けてんのか?」 「老けてると思うねえ!」  ぶつぶつとぼやくと、店の奥から声がした。振り向けば、鍛冶場からひょっこりと顔を出すツインテールの少女の姿が。  この楽器店でチャドの手伝いをしている職人見習いの少女、マーヤだ。 「あたいはいつも思ってるんだ。チャドは実は年齢を誤魔化してんじゃないかってね。だって、普通にあたいの目には五十代に見えるんだもの。いやあ、先月まで三十代だったなんて一体誰が信じるよ?」 「うっせえよ。お前、もう少し師匠への敬いってもんはないのか?」 「ないない、これっぽっちもない。チャドの職人としての腕は尊敬してるけど、それ以外はてんでダメな男だって知ってるんだからね。基本的な家事を、あたいみたいな十二歳の子供に頼ってる時点で自分はダメ人間だと気づいたらどうだ?」 「ぐぐぐぐ……」  口が減らない彼女は、元々は孤児である。とある家で家事手伝いとして働いていたところを、チャドがこの店に雇い入れたのだった。悲しいかな、彼女が言うとおりチャドは楽器作り以外何もできない男である。食事、洗濯、掃除、風呂。彼女が妻も同然に自分の世話をしてくれるからこそ、この仕事が成り立っているとわかっていた。  思えば父も似たようなものだったと記憶している。母がいなければ、一人では何もできないような人間だった。自分の不器用ぶりは、確実に父の遺伝だと思う。いや、単に仕事となると、周りが見えなくなってしまうというのもあるのだけれど。 「今のおばさんは、チャドのお眼鏡にかなわなかったようだね」  既に、女性が乗った馬車は見えなくなっている。マーヤはやれやれ、と肩をすくめて言った。
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