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<2・フルートのセシルⅡ>
『この町外れに最近引っ越してきた一家があるのは知ってるだろう?ノーランド一家。変な奴らがこの町に来たら、あたいとしても死活問題だからさ。移民は常にチェックすることにしてるんだけどよ』
帳簿をつけつつ、マーヤはその一家について話してくれた。
『住んでるのは父親、母親、息子が一人。この息子ってのが十五歳なんだけど、学校にも行かずに家に引きこもってるんてんだよ』
『そりゃまたどうしてだ?』
『そもそもこの田舎町に来た理由が、息子が病弱すぎて都会の空気じゃキツかったってのが大きいんだと。だから空気が良くて穏やかな田舎町に来て……まあ療養ってつもりらしいな。体調が落ち着いた時だけ外に出てくるわけだけど、まあ病弱ってのも納得できる外見だってね。十五歳の男には到底見えなかった。長い銀髪に青い目の、お人形みたいに綺麗な……どっちかというと女の人みたいな顔をしたお兄さんだったからさ。色も真っ白で、全然日の光に当たってないんだなってかんじ』
『ふうん……』
マーヤいわく。
その息子、セシルがフルートを吹いているのを見たことがあるらしい。素人の耳ではあるが、なかなかの腕前だなとマーヤなりに感じたというのだ。ただ。
『楽器を演奏するってのは体力がいるからねえ。特に木管楽器はほら、吹かないといけないだろう?ある程度肺が強くないといけない。いくら腕があっても、病弱なお兄様に務まるもんかなと思ってあんたに話さなかったのさ。まあ、見るだけ見てみたら?町で噂されてるほど、嫌な奴じゃなさそうだったしさ』
元々孤児であり、かつてはとある家で家事手伝いとしてこき使われていたマーヤである。人間の嫌な面は嫌というほど見ているはずだ。チャド相手には気さくに話してくれるものの、ここまでくるには相当時間がかかったのは間違いない。
そんなマーヤの、人を見る目は確かだと思っている。彼女が“嫌な奴じゃなさそう”というくらいなのだから、きっと嫌味のない誠実な人物なのだろう。
病弱というのが気がかりだったが、いつまでもここでぼんやりとしているわけにもいかない。とりあえず会いに行ってみるか、とチャドはマーヤに店番を頼んで町外れまで行ってみることにしたのだった。
小さなこの町は、南側に広大な森があり、北側には小高い丘があるという立地である。丘を越えて暫く進むと、海沿いに広がるもっと大きな街に辿り着く。ノーランドという一家は、その街からやってきたのかもしれない。彼らの小さな家は、この小高い丘の上に立っているという。海と町も見下ろせるので眺めも良く、春には綺麗な花畑に囲まれる立地。ただし、町の商店街までは多少歩かなければいけないため、あまり便利な場所とは言えない。
それでも町外れに彼らが家を建てなければいけなかった理由は、恐らく二つあるだろう。
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