<2・フルートのセシルⅡ>

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「ほんの少しだけ。ツインテールの、可愛らしいお嬢さんですよね。フルートを吹いていたら、話しかけてくださったんです。……私の見た目を怖がらない方は珍しかったので、よく覚えています」  話し方からも、所作からも、育ちの良さが滲んでいる。チャドは眉をひそめた。てっきり土地が安いから、こんな不便な丘の上の居を構えたのかと思っていたが――ひょっとしたら、お金には全然困っていないのかもしれない。下手をしたら、貴族の息子なのかもしれなかった。一見ワンピースのようにも見える藍色のチュニックは、中流階級以上の、そこそこ裕福な家の男性が着るものだ。スカートの裾から見えるブーツもけして質の悪いものではない。  それでも引っ越しを与儀なくされるほど具合が悪かったのか。  あるいは、都会でも――彼の見た目を気味悪がって、不遇な扱いを受けていたのか。 「ものすごく病弱で、療養のためにこの町の外れに引っ越してきたって聞いたんだが。今日は、庭に出ていても大丈夫なのかい?」  不思議な気配がする――魔法の気配だ。  神の楽器を作る国家認定楽器職人は、そのための特別な楽器を受け継いでいる。よって、チャドも魔法の気配にはそれなりに敏感だった。あくまで自分は職人でしかないため、音楽と関わりのない魔法はまったくといっていいほど使えないのだが。  この、魔法使いには見えない少年から強い魔法の気配を感じるのは何故だろう。今、何らか力を使っているようには見えないのに。 「問題ありません。むしろ、朝や昼は具合が良いことが多いのです。季節の変わり目はそうとも言い切れないのですけど……調子が良い時でしたら、フルートを吹くこともできますよ」  穏やかに微笑んで、セシルは告げた。 「御所望なのでしたら、一曲演奏しましょうか?今日はまだチューニングをしていないので、少々お時間をいただくことになってしまいますが」 「構わねえ。店番はマーヤに任せてきたしな」  本当は真昼間に店を弟子に任せておくのはあまり良くないことなのだが、今回は例外である。救世楽団の奏者探しは、どんな仕事よりも優先される。もとより国家認定職人である自分は、国から毎月のように支援金が出ている。実のところ他の人に楽器を売らなくても生活は成り立ってしまうのだ。  でしたら、とセシルは白い指で、楽器ケースのロックを外した。 「大した腕ではありませんが……せっかく来ていただいたのですし、吹きましょう。少々お待ちくださいませ」  楽器の音というのは、気温などによって大きく変わってしまうものである。特に管楽器は顕著で、気温が高くなれば音も高くなり、低くなれば音も低くなってしまうものなのだ。
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