作家への道

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今度の編集者は、ミステリーの担当者だ。 原稿の感想を聞かせてくれるかと思いきや、自分の自慢話が始まった。 「テレビドラマの○○シリーズ、見たことある? あれ、俺が手掛けた仕事なんだよね」 昔、その編集者が担当した作品が、2時間ドラマになったらしい。 自慢話は延々と続いた。 「あ、そうそう、キミの原稿だけどね」 やっと本題に入ってくれた。 「『かちかち山』だね。まずは、書く順番を考えないと」 「はぁ」 「タヌキが畑を荒らすところから始まるけど、インパクト弱いんだよね。最初は死体が発見される場面からじゃないと」 「死体」 「そう。浜辺にタヌキの死体が打ち上がるんだよ。で、死因を探る。どうしてタヌキは海で死んだんだって」 「死因」 「海で溺れ死んだのなら、船があるはず。けど、容疑者のウサギの船からはタヌキの指紋は発見されない。毛も一本も落ちていなかった」 「はぁ」 「犯行トリックとして、泥舟を使ったのはよかったと思うよ。証拠は海に溶けてしまって発見されない。キミ、なかなか工夫したね」 「いえ、それほどでも」 「ただ、この殺人事件、最初の犠牲者がおばあさんというのが、ちょっとインパクト弱いかな」 「弱いですか」 「うちはテレビドラマも手掛けているんでね。死体がおばあさんだと、受けが悪いんだよ。若い女性が殺される話じゃないとね」 「はぁ」 「テーマはすごくいい。殺意の連鎖ってやつだね」 「殺意の連鎖」 「最初の事件、畑を荒らすタヌキを拘束して殺そうとしたら、タヌキに騙されて縄をほどいてしまった。逆におばあさんが殺害されてしまう。それを知ったウサギが、復讐のためにタヌキを殺害する。おじいさんが復讐するのではなくて、ウサギが復讐を代行するというのは工夫したね」 編集者の語りは止まらなかった。 「老夫婦とウサギとの関係が明るみに出て、容疑者がウサギだと特定される。一見、ウサギは善人として登場するけど、実は第二の事件の犯人だった。話の筋は実にいいんだが、探偵役がいないのが残念だ」 「探偵役」 「そう。ラストシーンは、タヌキの死体が上がった海辺とかどうかな。そして、憎しみは不幸しか生まないとか、探偵役に説教させるんだよ」 「……」 この話をミステリーの編集部に持っていったことが間違いだった気がする。 俺は次の出版社へと向かった。
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