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 普段歩く量の倍はすでに歩いた。サキとマナミはもう歩きたくない、といった様子だったけれど、タカシが「お姫様抱っこいたしましょうか」なんてふざけたら、「歩きます、歩けます、先行くね!」とふたりはトコトコと逃げ出した。  両手いっぱいに美味しいものを持ちながら、ふたりを追う。なんだ? ダブルデートみたいじゃないか。っていうか、これ、はたから見たらダブルデートだよな?  なんだか急に、少し恥ずかしくなってきた。 「やばい、溶けるー!」  ピクニックに誘うエサだったカフェのドリンクには、たっぷりのクリームが絞られていた。それがどうも溶け始めたらしい。 「歩きながら飲んじゃダメなやつなの?」  俺は気になって問いかけた。 「え、別に飲んでいいだろうけどさ、今日、ピクニックなんでしょ? 歩きながら飲んだら、ピクニック感が減っちゃうじゃん!」  ピクニック感とは何ぞや。俺にはよくわからなかったが、コソコソと耳打ちしてきたタカシの解説で、ひとつの答えにはたどり着けた。  どうも歩きながら飲むといつも通りで、ピクニックという非日常感が薄れてしまうということらしい。  日常とか、非日常とか、どうでもよくないか? いや、どうでもよくないのか。  ふわ、と心が浮いた。突然、3人の外出の様子をただ見ている部外者であるような感覚に陥った。  もしかすると、俺だけなのかもしれない。ピクニックを未だ、小ばかにしているのは。みんなは今この瞬間を、心の底から楽しもうとしている。ピクニックは誰かのものと決めつけることなく、無邪気に。    タカシが見つけた屋根の下には、テーブルと椅子があった。屋外に設置されているそれは、雨ざらしで薄汚かった。女の子のかばんは、小さいくせに4次元ポケットだ。パッと出てきた除菌シートで、テーブルを拭いた。椅子を拭くほどの枚数はなかったから、食べ物を入れていたビニールを尻に敷いて腰掛けた。 「いただきまーす!」 「いただきます」  買い集めた食べ物はどれも美味かった。男ふたりでは絶対に買わないだろう、こじゃれたサラダも美味かった。  ああ、女の子と一緒って、いいな。世界がすこし、広がった気がする。  ああ、いくつになっても、ピクニックって楽しいものなんだな。ふと、そんなことを思う。 「そういえばさ、最近、目が痛いんだよね」  食後、マナミが口を尖らせながら言った。ちょっとあざとい顔だな、と思うけれど、時々見る分にはただ可愛いな、とも思う。 「マナミンはスマホ見すぎだって」 「えー、でもさ、メッセージ来たら即レスするじゃん? 即レス返ってきてエンドレスじゃん?」 「オレも最近目が疲れてさ。だから近くばっかり見てないで、時々遠くを見るようにしてる」 「それだけで効果あるの?」 「んー? わかんない。でもね、目だけじゃなくて、気持ちもちょっとすっきりするよ。ほら、あそこの鉄塔とか、見てみて」  タカシが遠くにある赤と白の鉄塔を指さした。 「あんなところに東京タワーが」  サキがぷっと笑った。 「あるわけないじゃん。ってか、展望台は?」 「心の目で描くのだよ」 「ヤバい! タカシが壊れた!」  笑い声が響く。幸せな時間が、過ぎていく。
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