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タカシがぼーっと遠くを見ていた。その目はほんのり赤く見えた。
俺は少し、不安になった。
何かがおかしい。絶対におかしい。いつもだったら、ニコニコ笑顔でいかにも「人生楽しんでます!」って感じがするヤツなのだ。こんな、ほんのり赤い目でぼーっと遠くを見るなんて、おかしい。
ニコニコ笑顔の仮面の裏に、何か、悩みごとでも抱えていたのだろうか。
今、それを隠し切れずに、心の涙を俺に晒しているのだろうか。
表情と心の状態が必ずしも一致しないことなんて、考えなくても分かると思っていた。けれど、今。タカシの顔を見ながら、俺は考えないと分からない人間なのだ、と痛感した。
「タカシ」
「んー?」
「どうした」
「なにが?」
「なにがって」
「なにがって、なにが?」
悩みごとでもあんの? という、大したことない言葉を、どうしても発することができなかった。脳内では何度でも言える、叫べる。スマホを手に取り打ち込め、と言われれば、秒で打てる。書けと言われたら、きちんと漢字で書ける。「悩みごとでもあんの?」と母さんに訊け、と指示されたなら、さらっとそれをこなすことができる。けれど、なぜだかタカシに「悩みごとでもあんの?」と言うのは勇気が要った。
俺には「どうした」が精いっぱいだった。
タカシは、んーっと伸びをした。はーっと大きく息を吐くと、俺を見た。その顔は晴れていた。目はほんのり赤いままだけれど、いつも通りのニコニコ笑顔だった。
「さてと、コンビニでも行こうぜ。喉渇いた」
「お、いいな。きょ、今日は俺がおごってやるよ」
「ん? どうした」
「なにが?」
「なにがって」
「なにがって、なにが?」
「ま、いいや。ありがたくいただくよ」
悩みごとでもあんの? とは訊けないけれど、飲み物をおごって元気づけることくらいは、俺にもできる。
コンビニに着くと、タカシはバカみたいに高いペットボトルを指さした。350mlくらいしか入っていないだろう、小さいボトルのくせに、300円もする。
おいおい、遠慮ってもんがねぇな、と刹那思うが、おごると言ったらおごる。
いいぜ、と言う代わりに、うんうんと頷いた。タカシはニカっと笑うと、近くにあった、なんてことない普通のコーラを手に取った。
「あんなの、何かいいことでも起きない限り飲まねぇっての」
「いや、あれ飲めばいいのに。俺、買うし」
「いいよいいよ。いつか、いいことが起こった時のお楽しみってことで。ってか、マジで……どうした?」
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