道のしるべ

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用地買収したときの話を思い出した。山しかないと思われていたところに、古い建築物があった。何かの(ほこら)のようだが、誰に聞いても分からない。持ち主も分からないから、取り壊そうとしたのだ。 その時、ぼろ布を身にまとった老人が本社のビルを訪れた。 「あれを、壊さないでくれまいか」 老人はそう訴えた。しかし、その老人がどこからビル内に入ってきたかも分からず、社長が警備に連絡しようとしたら、かき消すように消えたという。 「俺も疲れてたんだろうな」 と社長は苦笑いしていた。大きな建築物を作るときには怪談がつきものだ。だれもがすぐに忘れてしまった。 あれなのか? 「ねえあなた。『道』っていう字に、どうして『首』が入ってるんだと思う?」 「し、知りません」 「僕の前に道はない、僕の後ろに道はできる、だったかしらね。最近の歌い手が作った歌は」 『道程』のことか? 教科書に載っていた詩だ。でも歌い手ってなんなんだよ。最近ってあれは明治時代の作品だぞ。 「道は、切り開いていくものでしょ。自分の世界から、未知の世界へ。その時に道しるべがいるの。なんだかわかる?」 「わ、わかりません」 「首よ。異民族の土地に道をつけるときは、その異民族の首を切り落として、呪いをかけて、案内をさせるのよ。だから、しんにょうに『首』なの。知らなかったの?」 「し、知るわけないでしょう。別に、あの高速道路は日本国内しかつながってないですし」 「バカねえ。人間だけが道を使うとは限らないでしょ。」 そう言う女性は、小さな少女の姿になって、僕の顔を覗き込んだ。 かわいい。 こんな状況なのに、その女の子のかわいらしさに僕はくぎ付けになってしまった。
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