―星対星―

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 ―星対星―

目を開けると 白黒チェック柄の床。白の部分はうす暗く光っていて黒い部分からは銀河が覗いていた。―嗚呼―ドミナは、ビーズの太陽車輪の首飾りにカラシリスのチュニックを羽織っている。ラピスラズリと黄金の腕輪が左右の腕に煌めく。俺は、クラブの模様の腕輪、あとは襤褸のままの恰好。胃を締め付けられるような緊張。心臓の鼓動もだんだん早くなる。クソ― 「とうとう、たたかいを始めるのかい?昨夜はあんなに楽しんだのに―」 「ダンとは、“男” 坊やは、やっぱり“男” とても楽しかったわ。素敵な夜をありがとう―」 「お礼を言うならこっちだよ。俺は、誰も傷つけたくない。たたかいなんてしたくない―」 「いや、たたかいはしなくてはならないわ。坊や、随分と勝気ね。わたしに傷のひとつでも付けられるかしら?」 睨めつける鋭い眼光。不敵な微笑。嗚呼、やはり、あなたは美しい。 昨夜は、お風呂でイチャイチャ戯れると、その流れで自然と事に及んだ。何度も、何度も―俺たち、しっぽりした仲ではないか―お願いだから、もっと、分かりあおうよ、baby? 「愛し合った仲じゃないか―」 一瞬だった。避けたが間に合わなかった。ドミナが投げたナイフが俺の耳をハスった。頬をつたう生暖かい血。一気にアドレナリンやノルアドレナリンが俺の脳内を満たす。松果体からメラトニンが溢れ出す。頭に締め付けられるような痛みに似た快感が押し寄せる。緊箍児の痛みはおそらくこれであろう。―嗚呼―第三の眼が開く。“開眼” やるしかないのか― あんなに気持ちいいセックスは生まれて初めてだった。なのに、 「痛え、痛えじゃないか。てめえ、なにしやがんだ―」 俺は、死ぬわけにはいかない。 生きて現実世界に戻る。 親から続く、親たちから続く、 ご先祖様から続く糸を紡ぐんだ。 この俺が、この俺が、紡ぐんだ。 「ごちゃごちゃ、うるさい。さあ、かかってきなさい。どちらかが死ぬまでやるわよ。武器を召喚しなさい。」 刹那、武器を召喚する間もなく背後をとられる。クソ― 嗚呼、簡単に吹っ飛ばされる俺―嗚呼、ボコボコにされる俺― 強い、強すぎる― 手合い違いだ― 次元が違うとは、まさにこの事。 何度も、何度も倒される― だけどね、ドミナ、少々俺を痛めつけすぎたようだ― 嗚呼、気持ちいい、嗚呼― “タンタンタヌキのキンタマはかぜもないのにブーラブラ” 痛みも過ぎれば快感に変わる。 全身に蕩けるような感覚が押し寄せる― 刹那、俺は座禅を組んで空中に浮く。もらった。この神格は俺の中でも二番目くらいに強い。張りつめた神経、全身全霊が最強の戦士を呼び覚ます。俺は、無―そして宇― 無とは、一切の有無を超越した絶対的なるもの― 宇とは、天地四方― “BE MY BABY BE MY BABY BE MY BABY BE MY BABY BE MY BABY BE MY BABY” 《無宇(ムウ)降臨》 「おんな、やめなさい。お前ではわたしには勝てない―」 「だから、さっきからごちゃごちゃうるさいんだよ―」ドミナが衝撃波を放つと、無宇がはじき返す。美しく強き俺の神格― 無宇が麗しく流れるように衝撃波を放つ。何発も被弾したドミナは血反吐を吐く。おわりだ。頭金で詰み。とどめを刺せばドミナは死ぬのか―嗚呼、ドミナ、ありがとう。俺は現実に戻るよ、さらば― 頭金で詰み。そのような場面で大落手を指すことが人生では、なぜか起こる。あり得ない事が起こる。あと一押しでオマンコ実現が可能なのに不用意な一手でパア。仕事であれ勉強であれスポーツであれどんなことであれ、そんな不可思議な事が起こる。それが、まさにこの時― あれれ―俺の無宇が消えた。そんな事あり得るのか―よもやよもや、俺は丸裸の赤ん坊に近い。ドミナはその一瞬を見逃さず、衝撃波を放つと剣の雨を何発も同時に放ってきた。逆におわりだ―死んだら、どうなる?本当のおわりが来るのか― 深い霧が立ち込める。開かれる幻の世界。二頭の獅子が現れ俺の盾となり、防御する。 ピカ、アカ、俺の愛猫。激しくドミナを切り裂く鋭い爪、のはずが、鋭い爪はヒットせず刹那、ドミナは衝撃波で二頭を撥ね返す。クソ、俺のともに何しやがる。 “Dum di da di da Dum di da di da Dum di da di da” ―嗚呼―この神格は俺の中でも五番目くらいに強い。俺の主神格― 沙とは、海辺の小さな石― 武とは戈を背負って前へ― 尊とは酒樽から漂う酒気― 荒ぶる怪力― “沙”“武” “尊” 《沙武尊 (サムソン)降臨》 獣に変身するドミナ。頭は人間、体は獅子、翼は鷲― ―スフィンクス― 轟く神の激しく凄まじい声―その声は稲妻―そして、雷光― 「鎮まってわたしこそが唯一と知れ」 沙武尊が怒り狂う。空間から引き抜いた棍棒を掴むと目いっぱいブン回す。かわすドミナ。衝撃波を連続で放つドミナ。躱し切れずに沙武尊に着弾する衝撃波。痛い。死んだ方がマシなくらい痛い。沙武尊は何度も倒され、何度も起き上がる。血まみれ。仁王立ち。強すぎる。沙武尊が弱すぎるのか。そんなバカな―サムおじさんがまた、倒された。大の字。俺のアンクルサム―立てない。ドミナは、槍を持って突進してくる。飛んだ。―嗚呼、やばい死ぬ― ―「サムソン、主がこのはした女の祈りを聞き入れてくれたわ」― 俺は、見慣れた場所にいた。あるホテルの一室。愛しき人との密会の場所。何度もたたかった場所。すべてはここから始まった。椅子にもたれるは、“まものの王” 乞食ではない、威風堂々の魔王。 「なぜ、お前がここにいる。天に翔び立ったのではないのか?」 「たたかっていたら、ここに飛ばされたみたい。俺は、死んだのかい?」 「死とは、なんだね?お前は、わたしに何度も殺されて、起き上がってきたではないか?」何で、こいつは乞食ではないんだ。頭が混乱する。 「はじまりがあって終わりがあるのではない。それらはすべて同時に起きている。何度言えばわかる?」組んだ足を組み換えて仰け反るまものの王。俺に、倒されて乞食になったのに、それが、どうだ。出会った時よりもこいつは、居丈高に堂々と偉そうに。 「それで、勝てたのかい?神には?」 「いや、勝てない。恐ろしく強い。いや、一旦は勝ちになったんだ。だけど、信じられない事が起きてすべてパアさ。昨夜は、愛し合ったのに本日は殺し合いさ―」そもそも、たたかいなんか俺は乞食から聞いていない。褒賞が貰えるって言うから翔んだのに― 「愛し合うものが憎しみあい、憎しみあうものが愛し合う。世の中、そうしたものではないか。セックスしたのかい?」 「ああ、信じられないくらい気持ちよかったよ。何度でもできるし自分でもびっくりさ―」手を叩いて大笑いする魔王。下品な笑いだ。人のセックスを笑うな。こいつは虫唾が走る。 「弱点は無いのかい?動きも早いし、一発、一発が大きい。クソ、神格を上手くコントロール出来たら―大体、なんでたたかうんだ?意味が分からない―」 「意味?ヤコブは天使と相撲を取った時に意味なんか考えず勝つ事を考えた。お前もわたしとたたかった時、意味など考えず目と耳を自ら潰して我武者羅に勝つ事を考えた。なぜ、意味なんか考える?なぜ、弱点を相手に求める?弱点はお前さ、お前の内にある弱さ。相変わらずお前は弱い―」 「何を小癪な、お前は俺に倒されたじゃないか。この野郎、また八つ裂きにするぞ。お前にボムされたことを俺は忘れてないぞ。」 「やめておけ。そんなお前では勝てない。気を落ちつけてリラックスしろ。まわりがすべてスローモーションに見えるようになるまで意識を高めろ。」なんだ、こいつ。落ちついていい人ぶりやがって。こいつは人ではないか― 「ひとつ訊きたい事があったんだ。TJが接触してきた。俺のスクリーンパネルに同期してきたんだ。何者なんだい?」 「さては、大きい波動を使ったな?連中に見つかったんだよ。TJ―地上の神さ。地上の神のひとり。生きて地上にいる。死と再生の秘法でいまも生きている。錬金術師さ―」 「調べてみたんだ。二百年前にくたばっているはずなんだ。不気味に微笑むだけで何が言いたかったのかもさっぱり分からない。本能的に敵と認識したけれど―善なのかい?悪なのかい?」 「もっと調べてみろ。不可思議な死に方をしている。まあ、死んではいないのだがな。死と再生の秘法で何百年も生きているものは、そのものだけではない。お前のいる現実、陰で蠢いていることは人々には、到底理解できない、絶対に信じられないような事ばかりさ。はじめて聞くものは、現実離れであまりに突飛すぎて笑い飛ばすだろう。善か悪かは、どうだろうな。お前がみてお前が決めろ―」 薄れゆく景色―嗚呼―手を振る俺の友達―俺はまた移動した。 草むらの中、俺は歩く。ドローンが上空を飛んでいる。ここはどこだ。空が見たこともないくらい汚く濁っている。廃プラスチックが溶けたような匂い。悪臭。目が痛い。草むらを進んで行くと一軒の小屋を見つけた。ポツンと一軒の小屋。俺は、躊躇うことなく小屋の扉を開けた。―嗚呼、君は―中にいたのはひとりの中年女性。俺を見て驚いている。俺も驚いた。 「生きてまた貴方に会えるなんて。これは幻なの?」 抱き合うふたり。嗚呼、愛しき人よ、年を取ったんだね。ここは未来か。 「十年ぶりかしら。わたしが四十四歳の時。2043年以来―貴方、あの時よりも若いわ―」あの時と言われてもその時代に会った記憶が無い。 「おかけになって。コーラ飲む?瓶の冷えたのがあるわ。酸化グラフェンは入ってないから安心して―いつの時代から来たの?」 「2022年から来たんだ。いつの時代って。過去から来たことには驚かないんだね。もうタイムスリップは実現したのかい?いまは何年だい?」 「2022年―その年にすべてが変わった。始まりはそれよりも前だけど、その年が大きなターニングポイントだった。そんなことはあとになって分かったんだけれども。タイムマシンの実用化は確か2035年かしら。私が三十六歳の時。いまは2053年。今日は7月4日よ。」愛しき人は、やつれているが凛としている。顔つきが若き頃と全然違う。苦労したんだね― 俺は、瓶のコーラを飲む。きつい炭酸が心地良く喉を潤す。炭酸砂糖水はコーラがやっぱり美味い。 「何があったんだい?」 「ウソよ。知っているでしょう?2022年に貴方が言っていた通りになったのだから―」 「俺は、何を言ったんだい?」 「世界が滅びるって。経済が死んで戦争と大災害でグレートリセットが始まるって―」 「君は信じなかったじゃないか。その通りになったのかい?俺も断片しか知らないんだ。何があったの?詳しく教えてくれよ―」 「三日食べれないのなんてザラよ、ザラ。何週間も、何か月も食べれない日が続いた。」 「何があったんだい?」 目の前に左腕を出してくる。ホログラムが消えて機械の腕が出てくる。セオドア・バッグウェルの手より精巧そうな機械の腕― 「コロナ戦争とそのあとの核戦争。はっきり覚えている。忘れたくても忘れられない。昨日の出来事のようにはっきり覚えている。世界から街や人が消えたの。国や人々は分断され、いくつかの国も消えた。日本は滅んだのよ。2020年代に一気に集中して起こったわ。戦争、大地震、大飢饉、ポールシフト―あんなのはじめて見たわ。海が空から落ちてきたの。雨なんかじゃない。海よ、海。空から海が落ちてきたの―」空から海が落ちてくる。イメージすら難しい。 「すべて世界の支配者に仕組まれていた―」 「救世主は現れなかったのかい?」 「そんなの現れていないわ―ペテン師や盗っ人ばかり。まさに非道。信用スコアが低いものは地獄よ、地獄。国は国際銀行へのアクセスを失うか国を売るか、人々は国に従うか、死ぬか―国って国民のものではなかったの?犬に追われたことある?どこまでも追いかけてくるのよ。ゲーマーやハッカーが戦争の主役よ、こんな恐ろしいことある?戦争や災害よりもひどいものがあったの。私は何もかも失った。私だけでなく皆が皆、何もかも失った。そして、その皆も死んだ―」 「救世主が現れるはずだ。いや、20053年ならもう現れている。」 「貴方は何も分かっていないのね―」 「なにがだい?」 「知らない方がいいかも―私は三人の夫と三人の子供を失った。」 「お気の毒に。そんな大変な激動のさなかに三度も結婚して大したもんだ。相変わらず男をたらしこむのはうまいね。」 「その棘のある言い方―貴方らしいわ―」 眩暈が起こる。悪臭のせいで気分が悪いのかと思っていたが違うみたい。嗚呼―愛しき人よ― 「コーラに何を入れたんだい?」 「シオンのDNAを調べたの。あなたと出会った時にわたしは既に夫の子を妊娠していた。だから、あなたの子であるはずがないの。絶対にあり得ない。だけど、とても信じられない結果だった。テレゴニーとか色々調べたけれど、どう考えてもおかしい話よ―」 嗚呼、シオン―oh,my girl― 「ごめんなさい。私もシチズンになりたいの。新政府に貴方を渡す。光の子と闇の子のたたかいなんてどうでもいいの。もうこんな生活は懲り懲り。うんざりよ―」 機械の腕が俺の腕を掴む。嗚呼、愛しき人よ―薄れゆく景色―サヨナラ、マイディア、サヨナラ―俺がどうやってその場を脱出したかはどうか訊かないで欲しい。 ―「サムソン、ごめんなさい。だから、―」― 大の字の俺は、槍を掴むとそのままドミナを放り投げた。高まる意識。見える。はっきり見える。 “Dam dam déo oh oh oh, dam dam déo oh oh oh oh.” “沙”“無” “尊” 《沙無尊 (サムソン)降臨》 “邪視” 俺は、それを回避する。見たら枯れてしまう。見える。スローモーションだ。 龍に変身するドミナ。吐き出す炎が俺を焦がす。熱い。いや、涼しいくらい心地よい。吐き出す吹雪が俺を凍らす。冷たい。いや、心地よい風。俺は星を掴むと礫を投げるように投げつける。浮かぶ星を投げつける。龍に命中する星々。龍から変身を解いたドミナも星を投げつけてくる。雪合戦のようにお互いが投げまくる。                       ・ 男は空の喧騒を見つめていた。綺麗な空の火花は、地に落ちて花火となり世の終焉を思わせるには十分であった。相手の男も横に来て見上げる。 「美しいですなあ」                   ・ 阿鼻叫喚―会場は一瞬で地獄絵図と化した。崩れ落ちる天井。その場で倒れこむ人々。逃げ惑う群衆。鳴り響く携帯アラート。可愛い女は、天井の穴から覗く夜空を見上げた。 「うそでしょ―なによあれ―ああ、この世の終わりだ―」 空から火の雨が降り注ぐ。          ・ 「エス、見える?何よ、あれ―」若い女は360°スクリーンパネルに繋がり銀河に起きている異常を一緒に見つめた。張りつめる緊迫。恐怖するふたり。 「星が、星と星が喧嘩をしている―」 ドミナは星を投げるのをやめてタックルをしてくる。もはや優勢を超えて勝勢。必至がかかったドミナはなりふり構わず攻めてくる。もう、この勝負もらった。倒さなければならないなら倒そう。ドミナ、さようなら―そして、ありがとう― ―いや、―嗚呼、そうだったのか― 無宇、お前は正しい。なぜにお前が消えたのかやっと分かったよ― 一手指せばおわり、頭金で詰みの局面で、また俺は違う手を指す。薄れゆく景色― 俺は、死んだ― “Da, ba, da, dan, dee, dee, dee, daNee, na, na, na be my baby Da, ba, da, dan, dee, dee, dee, daNee, na, na, na, pretty baby”
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