1/1
7人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ

私の最初の記憶は天井に設置された蛍光灯が明滅している所だった。 この記憶は母親の母胎から産み落とされた瞬間の記憶ではない。 私の最初の記憶とは、年齢で言えば既に11歳だったのだ。 つまりどう言う事かと言えば私は幼児期、ベビーカーに乗せられていた時、猛スピードで走る車に跳ねられたそうだ。 その事故により私の母は死んだらしいのだが、運が良いのか悪いのかわからないが、私は生き残った。 それと引き換えと言っては聞こえがいいが、私は11歳になるまで目覚める事なく、ただ病院のベッドで生きながらえていた。 父はそんな私の介護に疲弊したのか私が目覚める前に病死した。 病院の治療費等の工面の為に心身共に限界に来ていたらしい。 私が目覚めた時、何を思ったかは今でも思い出せない。 ただ、蛍光灯を眺めていただけだった。 蛍光灯を眺める私は当然のように言葉も喋れなかった。きっと知能的にはまだ乳幼児だったのだろう。 きっと長い時間、私はひたすらに天井を眺めていたと思われる。 その証拠にいきなり複数の人が現れ私の視界に向けて手を振り、顔を覗かせ、私の瞳に向けライトを当てられたりしながら、 「昼の検診の時にはまだ眠っていましたから」 と言うような会話を聞きとっていた。 つまり蛍光灯の灯りが点っていると言う事は明かりが必要な時間帯だったと言う事だからだ。 恐らく知能的に乳幼児だった私が、何故、その人達の会話が聞き取れ理解できたのかはわからない。 けれど私はその言葉を聞き、私は随分と長い間、死んでいたのだと思った。そして再び生き返り、こうしてベッドの上にいるのだと。 それからの私は寝たきりのまま大きくなった身体を、自分の力で動かす為に必要な筋肉をつける必要があった。 その為に私はリハビリの毎日を送る羽目になったのだった。 その間を縫って言葉を習い、覚え、喋る練習も同時進行で行われた。 寝る時以外、常に2人の看護師が私に付きっきりとなった。その2人の交代で私に言葉を教えてた。 2人の看護師は子持ちの中年の女性で、既に子育ては済んでいたようだった。 保育園や幼稚園の先生ではなかったものの、子育ての経験者である事が、私を担当する1番の理由となったらしかった。 私が人並みに歩けるようになるまで3年の歳月が必要だった。言葉の方は、聞き取り、理解し、返事をするという行為については、周りの想像より、かなり早かったようだ。確か2年とかからなかった筈だ。 その頃の私は学年で言えば高校1年にあたる年齢になっていて、歩けるようにもなり、言葉も、難しいものは無理だが、日時会話に支障はないと判断され、私は母方の祖父母の家に引き取られる事となった。 その理由は、私を見舞いに来たのが母方の祖父母だけだったからだ。 父方の方はといえば、父は私の看病により、いわば過労死をしたわけで私は父方の祖父母から息子を殺した張本人として、忌み嫌われていたようだ。 やはり生きているか死んでいるかわからない孫よりも実の子の方が大事なのだろう。だから私は母方の祖父母に引き取られる事になった。 祖父母の家は千葉県にあり、今でこそ占いの館として使用ているが、当時はその家から高校に通っていた。 高校の3年間はずっと特別教室で過ごした。 5人のクラスメイトとはとても仲が良く、帰りだけは一緒に帰っていた。 そんな仲の良いクラスメイトの中の1人に、サチオ君という男の子がいた。サチオ君はダウン症の子だった。 知能的には私より随分と劣っていたけど、サチオ君にはサチオ君だけに見える世界という物があるようだった。 そんなサチオ君がある日、私に向かって手招きをした。 手招きをするサチオ君を見て他の4人もサチオ君の方へと行こうとしたが、それを見たサチオ君が4人に向かって金切り声を上げ、威嚇した。 そんな風に怒るのサチオ君の姿を初めて目にした私達全員は、萎縮して側に近寄れなかった。 それでもサチオ君は私だけに向かって手招きをした。 それは私が側に行くまで止める事はなかった。 皆んなの視線を背に感じながら私はサチオ君の側に近寄った。 サチオ君は側に来た私の手をいきなり掴むと こう言った。 「僕は数しか見えないよ。けどマリカちゃんならきっと数以外のモノも見えるよ。僕の数は幾つ?」 サチオ君が何を言ってるかわからなかった私は、首を傾げサチオ君を見た。 その時、サチオ君の額に黒い数字が、英自体の形で並び浮かんで見えた。私はびっくりしてサチオ君の手を払い除けた。 「マリカちゃん見えたね。その数。僕死ぬよ。だから僕が見えるもの。マリカちゃん。あげる」 サチオ君はそう言うと握っている私の手に片方の手を添えた。 「赤い魚。悪い奴。赤い魚は悪い気持ちが大好き。赤い魚は見ちゃダメ」 サチオ君はいい握っていた手を離した。 それから数日後、私が見た数字とぴったりの日時にサチオ君は亡くなった。 そして私が他人の額から数字を見れるようになったのはサチオ君が亡くなってから半年経った後で、私は高校2年の夏休みに入ったばかりだった。 どうしてサチオ君は私にこんな力を与える事に成功したのだろう?手を握り添えただけで、簡単に力を移植できるものなのだろうか?そんな事を夏休み中、毎日考えていたけど、さっぱりわからなかった。 だから、私はそのような力を得られる資格のある人間なのだと思う事にした。サチオ君は私の潜在能力に気づき私を選んだのだと。 正直な気持ちを言えば本当の答えを知りたかったけど、授けた当の本人のサチオ君はもうこの世にいない。 だから絶対に分かるはずもない事に時間を費やすほど無駄な事はないと私は考えた。 私は新学期が始まると同時に歩く事を趣味にした。 これは夏休み中に決めた事だった。何故なら歩けば歩くほど、人に出会う回数も増えるし、増えたその人と比例した分だけの数字を見る事が出来るようになる、私はそう考え、歩く事を趣味にしようと思ったのだ。 ただこの数字には難点があった。それは、見えた人の生活に密着出来ないという点と、その数が、必ずしもその日に死ぬという事だけを記したものでは無いという事だった。 どうしてそれがわかったかと言えば先生の額に数字を見たからだ。その数字は1週間後を指していた。けれど先生は死ななかった。むしろ死とは程遠いものを意味する数字だった。先生は1週間後に結婚をしたのだ。つまり、私が見た先生の額の数字は幸せの日時を指していたのだ。 最初、私はそのズレを中々、受け入れられなかった。何故なら私が他人の額に浮かぶ数字イコール死として捉えていたからだ。 つまり最低でも私には2種の意味合いを持つ数字が見えるという事だ。となればこれからその数が増えないとも限らない。 それを私は理解しなければならない。何故なら見えた未来に対してその人に注意喚起が出来るし、反対に幸せが訪れる事を告げ希望を持たせる事が可能となるからだ。 そのように考えるようになったのはやっぱりサチオ君の存在だった。 彼は自分の死の日付けを私に見せた。 サチオ君はただ、それを私に見せつけたい為だけに、こんな能力を私に引き継がせたのだとは、今ではもう考えられなくなっていた。 どうしてかというと、私は数字が見えた数人に声を掛け、気をつけるよう忠告した事があった。 当然の反応で私は気持ち悪がられた。 怪訝な顔を浮かべ唾を吐きかけらたりもした。 だから死よりも幸せが訪れる日を教えてあげたいと思っていたのだ。その為にも私は数字が見えた人間を事細かく観察することにした。 先ずは身近な人間から、つまり数字の意味合いをより理解する為に祖父母やクラスメイトを私は選ぶ事にした。 その中の1人に最近越してきた40代の夫婦がいた。 子供はいなかった。ある日曜日の午後、私は2階の部屋の窓から何気なく外を見ていた。 するとお隣さんのご主人が車で帰って来た。 しばらくするとその車を洗車し始めた。私はその姿を眺めていた。 私の視線を感じたのかお隣さんのご主人がこちらを見上げた。笑顔で手を振る。 私はそんなご主人に向かって頭を下げた。その時、私はご主人の額に現れた数字と、とあるものを目にする事となった。 とあるものとは生前のサチオ君が私に警告した赤い魚だった。赤い魚はご主人のお腹にいた。 最初、それはTシャツの柄の一部かと思った。 けどよくよく観察するとそうで無い事は直ぐにわかった。 ご主人のお腹の中にいる赤い魚はピクリとも動かない。まるで眠っているようだ。遠目からだとその大きさは測りきれなかったけど、かなり大きな魚だった。私は一旦、窓を閉め、僅かに残した隙間からご主人を覗き見た。 数字が意味する日時とお腹の中に現れた赤い魚との関連性は、どのようなものなのだろうか? サチオ君は私に赤い魚は見ちゃダメと言った。 そいつは悪い奴で悪い気持ちが大好きだと言った。 その言葉を踏まえるとあのご主人のお腹にいる赤い魚は、ご主人の悪い気持ちの塊なのだろうか?赤い魚は悪い気持ちが大好きだと言うのだから、ご主人は悪い気持ちが一杯の人間だという事なのかも知れない。 だから、ああしてご主人のお腹の中に赤い魚が現れたのかも知れなかった。 好物の悪い気持ちがご主人の中にあった為に、あの赤い魚は今、ご主人の中を住処としているのだと、漠然とだけど私はそう感じた。 となれば自ずと額に現れた数字は良い数字とは 思えなかった。だってご主人の中には悪い魚がいるからだ。 私はご主人の額に現れた数字を紙に記入した。 日曜日の午後のその日から2日後を示していたご主人のその数字は、覗き見る私の鼓動を早めさせた。 掌に滲み出る汗を衣服の裾で拭いながら私は生唾を飲み込んだ。ご主人の身に悪い何かが起こる気がして、指先が震え出す。その震えをきっかけに私の目が捉えて離さない赤い魚が尾鰭をバタつかせ、その口を開いた。無数にも並んだ鋭利な歯が更に私を不安にさせた。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!