祖母の話

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祖母の話

「亮ちゃんは、じいちゃんに助けられたんだねぇ」  ばあちゃんは事もなげに言った。    目覚めてから数日後、二人で病室にいる時に俺はじいちゃんの話をした。  踏切で出会って、ここまで走って導いてくれた狐の面のじいちゃんの話を。 「ばあちゃんも、そう思う?」 「うん。じいちゃん、肺炎で入院したての頃、不思議な夢を見たって言ってたらからねぇ」 「なに、それ」  それからばあちゃんは教えてくれた。  夢の中でじいちゃんは少年と会い、選択肢を2つ示されたという。  一つは、足を直して、長生きする。  二つ目は、足はそのまま、もう走ることはできずに十年早く死ぬ。  ただし、孫の危機を一度だけ救うことができる。 「ただの夢だと思ってたけど、……あの人、二つ目を選んだのね」 「そんな……」  病室の外、廊下を見る。  じいちゃんの気配はいまや微塵(みじん)もない。病室にはクーラーもあるのに、ばあちゃんはわざわざ家から持ってきたうちわで風を送ってくれている。   「俺、じいちゃんと会うの避けていたのに。  自分の幸せより俺をとったってこと?」  自己犠牲、という言葉が頭に浮かぶ。   「いいや」と、ばあちゃんは首を振った。   「じいちゃんは亮ちゃんの成長を心底楽しみにしていたんだよ。大会に出た、1位になったって聞く度に『あいつは俺以上に速くなる』って何度も言ってた。きっと自分のために、納得する方を選んだんだろうさ。そういう人だもの」 「でも、俺、元のように走れるかどうかわからないんだよ?」    一緒に走れて幸せだったけど、怪我する前に戻れる補償はない。  もう、周りが期待する俺ではない。  溜息が出る。また悲しみで胸の中がいっぱいになりそうだ。    その時、ばしん! とばあちゃんが俺の肩を叩いた。 「いった……」 「馬鹿ねぇ。出来がどうこうじゃないよ。可愛い孫のことだもの。  じいちゃんはただ亮ちゃんの笑顔でいて欲しかったんだよ」  ばあちゃんはくしゃりと、シワだらけの顔で笑った。  肩がじんじんする。「ばあちゃん、俺入院中の身なんだからもっと優しくしてよ」と言いながら、俺はその痛みに、自分が生きていることを実感した。  ありがとう、じいちゃん。
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