エピローグ

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エピローグ

 真っ白な空間で、宙に浮いた少年は俺の答えを待っている。    俺の足や寿命を引き合いに出されたが、要は自分の幸せと身内の幸せ、どちらかを選べ、というわけだ。  だったら、迷うことはない。 「2つ目を選ぶ」 「いいんですね?  あなたは自分の幸せを捨てることになる」  俺はうなずく。  確かに歩きたかった。走りたかった。  家族に迷惑をかけずに生きたかった。  でも亮を救えるなら、俺はそっちを選ぶ。   「では、もう歩けず、寿命を削ることを条件に、孫を救う機会を与えましょう。機会は一度きり、その間正体を明かすことはできません。顔を見て言葉を交わしたら、その場で終わりです」 「構わないさ。  亮ならきっと、うまくやるだろう」  その後俺は死んだ。家族を見守りつつ、その時を待った。  近所で、亮が車に轢かれかけた。軽傷で体は救急車に運ばれたのに魂はその場に残ったまま。連れていかないと死ぬ。そう直感した。  俺は亮を導き、走った。  亮の魂を体に戻すため。  怪我をして苦しみ悩む亮を見てきた。ついてきてくれるか、一抹(いちまつ)の不安もあった。  でも亮は走ってくれた。  時々、魂だけの目に、光を見た。「この子は走りを楽しんでいる」とわかって、ほっとした。山道を走りながら面の下で笑った。  子供の頃から、毎日のように走って足が速くなって、それが誇りだった。  晩年走れなくなったが、子供と家族に恵まれた。この子に希望の光を残せることが嬉しい。  亮はしっかり病室までついてきた。  昏睡している体へと、魂の背中をぽん、と押す。 「元気でな」と言い残し、俺は今度こそ自分が消滅していくのを感じた。  悲しくはなく、ただただ「いい人生だったな」と、思った。
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