山道

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山道

   遠くにあった山が近づいてきた。ジーパンに道路端の草が当たる。  少年は長距離をやっているのか、俺とリズムが似通っていて、いいペースメーカーになっていた。  追い付いて肩をゆさぶろうかと思った。 「なんなんだよこの世界は」と問い詰めてもよかった。けれど狐の面の彼は出会ってから一言も発していない。答えてもらえるかわからなかった。  でも不思議と、悪い奴には思えなかった。  疲労感のない走りは、ずっとランナーズハイになってるみたいだ。  どこまで走り続けるんだろう。一本道は終わり、山に入ってゆるやかな坂にさしかかる。車に乗っている時はこんなところすぐ通り過ぎてしまうのに。  狐の面が一瞬振り返って、走りながら地面を指さした。  目をやると、道のくぼみに足をひっかけて転んでしまうところだった。避けてすぐ、「前もこんなことあったな」と思った。いつのことだか、記憶は出てこない。   それにしても、俺は。  なんでこんなところにいるんだろう。  なんでこんなところで「気持ちいいからずっと走り続けていたい」なんて思っているんだ。  高校になって、母方の実家なんて足が遠のいていた。  なにせ陸上部が忙しい。夏休みの間、予選会から本大会に向けての練習スケジュールがびっしりつまっている。「こんなん宿題やる暇ねぇよな」なんて仲間と冗談交じりの言い訳をして、帰宅後はベッドに倒れ込むようにして寝て、起きて、母親から晩御飯ができたから早く来るように言われて、だんだん親の声がイライラしてきて、明日の練習のことを考えながら階段を降りる。そんな夏の日を高校二年目も過ごしていたはずだ。    下り坂にさしかかる。木陰と、陽のあたる場所を交互に走り、視界が明滅する。 「明るい部分と暗い部分を繰り返すのは人生も同じだな」なんて思った時、ずきり、と頭に痛みが走った。瞬間、思い出す。  俺はこの道を通ったことがある。
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