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変化
彼の後ろ姿に変化が起こった。
足取りが重くなる。背筋が曲がる。一歩ごとに、ハリのある手足がしぼんで、筋肉が減り、シワが寄る。頭に白髪が入り混じり、すぐに総白髪になる。
そうして、すっかり老人になった彼は歩き始めた。
狐の面だけは外さなかった。一回り小さくなって頭にかけている紐は緩んだけれど、左手で押さえている。
俺も歩調を合わせる。
正面に回って面を取るのは簡単だろう。
だけど、急に年をとったのは俺が「じいちゃん」と口に出してからだ。これ以上何かするのは怖かった。
誰もいない町の中、小学校の前を通る。
そう、じいちゃんはあの日、この小学校まで俺を連れて行った。後から「あんなところまで連れて行くなんて!」と母親から怒られていた。じいちゃんは怒られながらも全然めげていなくて、「よく歩けたな」とこっそり褒めてくれた。
今、じいちゃんは小学校前を通り過ぎた。行き先は隣にある病院らしい。じいちゃんが肺炎で入院して、亡くなった場所。きっと病室についたら、目が覚める。そんな予感がした。
俺達は無人のロビー、受付を通り過ぎる。
それにしても走ったのはずいぶん久しぶりな気がするな。
そう思って、また頭がずきりと痛んだ。
なんでだ?
中学から毎日のように走ってきたのに、久しぶり、だなんて。
どうしてそんなことを思うんだ、俺。
思考は長く続かなかった。俺の足が止まる。
階段にさしかかったところで、じいちゃんが右足を押さえてうずくまっていた。
「大丈夫?」
振り返って、狐の面はこくりとうなずく。
再び立って、階段を上がるじいちゃんの右足に、傷跡が浮かび上がった。
さらに足が遅くなる。でも左手は面から外さず、右手で手すりを持っている。いっそのことおんぶしようかと思ったけど、そんなこと言い出せない空気があった。じいちゃんは遅くても、自分の足でたどり着こうとしていた。
俺は背中を押した。両手の向こうに、皮と骨の背中が感じられる。
疲れは感じなくても、心は痛かった。
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