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世界一嫌いな男、紬季綾人
「杉原~! 来週みんなで夏祭りに行くんだけど、一緒に行かないか?」
あれから9年の月日が流れた。
俺は、自宅から自転車で通える公立高校の1年生になっていた。
母さんは今でも看護師として、バリバリ働いている。爺ちゃんも婆ちゃんも健在で、実は俺、あの日のトラウマで暫く声が出なくなってしまった事があり、めちゃくちゃ甘やかされて育った。
それでも母さんに負担を掛けたくなくて、俺は家の手伝いをとにかくした。
勉強も、あのクソ親父の血を引いているからこそ、悪く言われないように頑張ってそこそこの成績をキープして来た。
そして、学校では目立たず地味な陰キャを貫いた。休んでも「え?杉原って誰?」と言われるキャラを目指し、小学校、中学校とまさに思惑通りに人生を歩んで来た。
嫌われず、かと言って好かれないギリギリのラインを上手く演じて来た……のに!
俺に声を掛けて来た人物の声に、眉間のシワが深く刻まれる。
片手を上げ、爽やかな笑顔を浮かべて近く紬季綾人を無視して荷物をまとめていると
「す~ぎ~は~ら~」
と、俺の顔を覗き込んで来やがった。
キラキラ王子様顔のイケメンが目に染みる。
慌てて1歩下がると
「杉原、僕の声聞こえてる?」
小首を傾げ、紬季が話し掛けて来る。
「行かない」
そう答えた俺に
「何だ~、聞こえているじゃないか」
紬季はそう言うと、しゃがみ込んで俺の机に頬杖着いて俺の顔を下から見上げて来た。
「前から思っていたんだけどさ、杉原って綺麗な顔をしているよね。猫背と眼鏡、髪型変えたら?」
そう言って、俺の眼鏡に手を伸ばして来た。
『パシーン』
その手を思い切り叩き落としてしまい、その音が教室に鳴り響く。
すると一斉に教室がザワついた。
「酷~い! 杉原が紬季君を叩いた!」
杉原親衛隊Aの声を皮切りに、一斉にクラスの視線が俺に集まり、教室がザワつく。
「え~! 杉原、陰キャの癖に生意気」
「紬季君の優しさに、胡座かきすぎ!」
「最低ー!」
と、(主に女子からの)罵声が一斉に浴びせられる。
慌てて紬季が
「違うんだ! 僕が、杉原の嫌がる事をしたから……」
慌ててフォローする紬季を無視して、俺は荷物を纏めて歩き出した。
「え? 杉原、待って!」
そんな俺に、慌てて紬季が追い掛けて来る。
「何? 祭りには行かないって、言ったよね?」
歩みを止めずに、なんなら速度を早めながら答える俺に
「杉原、待って!」
と、俺の手を掴もうと手を伸ばして来た。
その瞬間、反射的に紬季の手を振り払い
「何で世界一嫌いな奴と一緒に、夏祭り行かないといけないの?」
思わず本音が漏れてしまった。
(しまった! 思わず本音が!)
そう思って紬季を見上げると、紬季が酷くショックを受けた顔をしていた。
「そっか……。僕、そんな風に思われていたんだ。しつこく誘ってごめんね」
悲しそうに作り笑顔を浮かべると、紬季はそう言って立ち止まった。
その顔を見て、俺は何故か罪悪感でいっぱいになってしまう。
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