世界一嫌いな男、紬季綾人

1/4
前へ
/51ページ
次へ

世界一嫌いな男、紬季綾人

「杉原~! 来週みんなで夏祭りに行くんだけど、一緒に行かないか?」  あれから9年の月日が流れた。 俺は、自宅から自転車で通える公立高校の1年生になっていた。 母さんは今でも看護師として、バリバリ働いている。爺ちゃんも婆ちゃんも健在で、実は俺、あの日のトラウマで暫く声が出なくなってしまった事があり、めちゃくちゃ甘やかされて育った。 それでも母さんに負担を掛けたくなくて、俺は家の手伝いをとにかくした。 勉強も、あのクソ親父の血を引いているからこそ、悪く言われないように頑張ってそこそこの成績をキープして来た。 そして、学校では目立たず地味な陰キャを貫いた。休んでも「え?杉原って誰?」と言われるキャラを目指し、小学校、中学校とまさに思惑通りに人生を歩んで来た。 嫌われず、かと言って好かれないギリギリのラインを上手く演じて来た……のに! 俺に声を掛けて来た人物の声に、眉間のシワが深く刻まれる。 片手を上げ、爽やかな笑顔を浮かべて近く紬季綾人(リア充)を無視して荷物をまとめていると 「す~ぎ~は~ら~」 と、俺の顔を覗き込んで来やがった。 キラキラ王子様顔のイケメンが目に染みる。 慌てて1歩下がると 「杉原、僕の声聞こえてる?」 小首を傾げ、紬季が話し掛けて来る。 「行かない」 そう答えた俺に 「何だ~、聞こえているじゃないか」 紬季はそう言うと、しゃがみ込んで俺の机に頬杖着いて俺の顔を下から見上げて来た。 「前から思っていたんだけどさ、杉原って綺麗な顔をしているよね。猫背と眼鏡、髪型変えたら?」 そう言って、俺の眼鏡に手を伸ばして来た。 『パシーン』 その手を思い切り叩き落としてしまい、その音が教室に鳴り響く。 すると一斉に教室がザワついた。 「酷~い! 杉原が紬季君を叩いた!」 杉原親衛隊Aの声を皮切りに、一斉にクラスの視線が俺に集まり、教室がザワつく。 「え~! 杉原、陰キャの癖に生意気」 「紬季君の優しさに、胡座かきすぎ!」 「最低ー!」 と、(主に女子からの)罵声が一斉に浴びせられる。 慌てて紬季が 「違うんだ! 僕が、杉原の嫌がる事をしたから……」 慌ててフォローする紬季を無視して、俺は荷物を纏めて歩き出した。 「え? 杉原、待って!」 そんな俺に、慌てて紬季が追い掛けて来る。 「何? 祭りには行かないって、言ったよね?」 歩みを止めずに、なんなら速度を早めながら答える俺に 「杉原、待って!」 と、俺の手を掴もうと手を伸ばして来た。 その瞬間、反射的に紬季の手を振り払い 「何で世界一嫌いな奴と一緒に、夏祭り行かないといけないの?」 思わず本音が漏れてしまった。 (しまった! 思わず本音が!) そう思って紬季を見上げると、紬季が酷くショックを受けた顔をしていた。 「そっか……。僕、そんな風に思われていたんだ。しつこく誘ってごめんね」 悲しそうに作り笑顔を浮かべると、紬季はそう言って立ち止まった。 その顔を見て、俺は何故か罪悪感でいっぱいになってしまう。
/51ページ

最初のコメントを投稿しよう!

97人が本棚に入れています
本棚に追加