1 発端(2)

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1 発端(2)

 太正デモクラシーを謳歌する春爛漫、戦争景気に沸く帝都は平和であった。  太正三年七月に始まったヴェルトクリーク(大戦争)は、明確な決着がつかぬまま停戦となった。  昨年の六月フランス・ヴェルサイユにて会議が開かれ、正式に停戦が決定されたことから〝ヴェルサイユ六月条約〟と呼ばれる。  一時期・中央同盟国(独逸帝国、オーストリア=ハンガリー帝国、オスマン帝国ほか)が劣勢となり、降伏寸前まで追い込まれたが、プロイセン蒸気第三帝国を自称する勢力の〝新蒸気機関(ネオ・スチームパワー)〟を利用した新兵器投入により、一気に同盟側は攻勢に転じた。  汎用龍機兵の出現は、戦略・戦術のあり方を根本的に変えてしまった。  これに対抗したのが協商国側の雄である日の沈まぬ国、蒸気機関の本家である大英帝国であった。  第三帝国に匹敵する新型猟機兵を開発し、戦況を互角にまで持ち込んだ。  遠い欧州を主戦場とした大戦でもあり、対岸の火事として静観していたがここまでの規模になってしまい、わが帝国も戦端に加わることとなってしまう。 〝日英同盟〟の名の下に協商国側として、亜細亜・太平洋に於ける独逸帝国軍と対峙した。  最初期に開発された新型猟機兵五体のうちの一体を、英国から秘密裏に供与された帝国皇軍科学局は徹底的にそれを研究し尽くし、一年後には改良型の国産機体を戦場に送り出すに至った。  それは〝機神兵〟と名付けられた。  劣勢を強いられていた戦線は持ち直し、逆に敵を追い込んでゆく。  これにより皇軍は条約締結時に、亜細亜と太平洋諸島にある独逸帝国領を完全に統治下に置くことに成功する。  この過去に類を見ない規模の大戦争によって、欧州各国は多大な被害を被った。  それは戦死者による人口低下と経済低迷の両面で顕著だった。  逆にそれによって利益を得て国力を増大させたのが、わが大日本帝国と新興国から大国へと変貌しつつあったアメリカ合衆国、そして件のプロイセン蒸気第三帝国である。  この大戦により、日本は日露戦争以降続いていた経済的疲弊から一気に立ち直った。  軍需品の供給を担い、英国やロシアへの輸出量は飛躍的に増大した。  欧州諸国からの物品が入ってこなくなった東南アジアへの代替え輸出もうなぎ登り、中華大陸ではほぼ日本が独占状態にまでなった。  一部の資本家はその経済規模が数倍に膨らみ、目端の利く商人や詐欺師まがいの人間が一躍成金となり、富に飽かせて贅沢三昧の生活を楽しむと言う滑稽な事態となった。  日本と太平洋を挟んで存在する、かつて英国の植民地であった宏大な国土を持つ国がある。  彼の国も、この大戦争により巨万の富を得た。  世界一の借金国家、アメリカ合衆国である。  この国はおもに英国、フランスに軍事物資や食糧を供給して大もうけをした。  それは輸出だけに留まらず、金融の貸し付けも高額に至り米国政府は英仏両国に十億ドルもの大金を貸し付けた。  孤立主義であった米国がそれまで興味を示さなかった欧州参戦を決めたのは、協商国側の敗戦により、輸出や貸し付けの金が焦げ付くのを恐れたからであった。  そのお陰で米国の若者の生命が十一万人、負傷者二十万人という代価を支払う結果となる。  だがこの大きな戦争を切っ掛けに、新興国であった米国は世界屈指の大国へと駆け上ってゆくことになる。  三十五億ドルという世界一の債務国家から、百二十五億ドルの債権国家へと変貌した。  金の保有量も世界の半数を占め、工業生産量はいまや全世界の四十パーセント以上を占める。  戦争が終わってしまえば、それまで世界に君臨していた大英帝国に肩を並べたのは、かつての植民地アメリカ合衆国であった。  いまやその国力は、超大国と言ってよかった。  そうしてもうひとつ、突然この世界に降って湧いたように現れた〝プロイセン蒸気第三帝国〟の存在があった。
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