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その女性も既に他界している。梶村の父はこの世に未練はないみたいだ。
事実を知らなかったほうが幸せだったーー。
そういうこともあるかもしれない。アサコは思った。多少でも残る父への愛情が、プツンと切れたことを確認した今のほうが辛いのではないかと。
それでも一生懸命納得しようとしてる梶村の姿が、どうにも切なかった。
「若い頃ならともかく、五十を過ぎた今はお陰様でメンタルは鋼のように強くなったからね。案外ふぅんってスルーしちゃったわよ」
ふっ切れたように話す笑顔の向こうに、梶村の寂しさが見えた気がした。
「ゴメンね、変な話。早く帰ろ帰ろ」
外は落ち着いた夕闇の匂いが立ち込める。梶村は自転車にまたがり、またねと手を挙げ漕いでいく。
この世に復活したようだと喜ぶ父と喜ばない父。思い出の深さはそれぞれ違う方向へと、向けられていた。
了
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