1幕 新チーム

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 練習後、慧は1年生にも知ってもらうために、イップスについて告白した。 「イップスはまだ、わからないことも多いけれど、特定の動きだけできなくなるんだ」  慧はしっかりと向き合っているからこそ、バスケ部全員に知ってほしいと考えたのだろう。この告白には勇気がいると思う。 「だから、普段は全然支障がないから、当事者でない限り、なかなか理解できるものではないと思う」  その声には悲しさと苦しさ、悔しさが入り混じっているように、俺には感じられた。  正直に言えるって凄いことだよな。俺が慧の立場だったら言えないかもしれない。 「でも、イップスだからって、これで終わりにしたくない。今、治療も受けてる」  慧はひと呼吸すると、話を続ける。 「それに今日、皆でやったけれど、メンタルトレーニング。これは思考の癖を変えるトレーニングでもある。思考の癖を変えることで、イップスを克服する」  慧は慧なりに苦しさや悲しさ、悔しさを見せないようにしているらしい。力強く言い放つ。 「ただ……」  慧はフーと長い息を吐く。  言葉が続かない。責任を感じたのか、言いにくそうにしている。 「ただ……?」  いち早く、慧の様子に気がついた風斗は、相当心配していた。 「うん、皆に迷惑をかけるかもしれない。まだ、バスケの時は足が震えるし、動きが止まってしまうこともある」  静かな時間が流れる。たった数秒なのに1時間あったような感じがする。 「それでも、必ず俺は克服してみせる。だから、これからもよろしく頼みます」  慧は丁寧にお辞儀をした。それに倣って、俺も一緒にお辞儀する。 「俺ら、まだまだ未熟だけど、よろしくお願いします」 竹村康人(たけむらやすと)が動揺している。 「いやいや、先輩、頭下げることはやめて下さい」  それもそうだよな。先輩が後輩に、お願いってお辞儀をしてまで頼むんだから。  ただ、コートの上に立ったら、先輩後輩は関係ない。 「それと、コートの上に立ったら、先輩後輩は関係ない。だから、先輩をつける必要はない。呼びやすい名前で呼んでくれ。あだ名でもいい」  慧はイップスのことを説明したあと、ニカッと笑って1年生に告げた。 「でも、先輩ってつけないと失礼なような」  と言ったのは、細田悟(ほそださとる)だ。 「気にするなって。先輩って言われた方が気を使うだろ?」  悟の肩をポンポン叩いて笑顔で答えたのは、灯だ。 「そういうものなのか?」  と、疑問に持つ狩野孝也(かりのたかや)。 「この先輩たちは、上下関係が嫌みたいだよ」  俺たち3年の代わりに快が答えた。 「だから、下の名前で呼んであげて」  拓斗が付け足す。 「俺らも3年生のこと名前で呼んでいるからさ」  智樹がボールを片付けながら笑顔を向けた。  ボールを片付けている智樹を見て、話に夢中になり、片付けることを忘れていた。 「あっ、悪い、片付けないとな」  俺は智樹と一緒にボールを片付けた。 「先輩、俺らがやりますって」  孝也が慌てて、一緒に片付けようとしたとき、俺は首を横な振った。 「先輩だからやらなくていいってことには、ならないからな。先輩後輩関係なく全員でやる」 「ほへー」  康人が言葉になっていない声を上げた。  多分だけど驚いている。そりゃそうだよなぁ。普通、片付け、準備は後輩、それも1年がやることが主流だ。  俺も中学のときはそんな感じだった。疑問だったなぁ。先輩はやらないで、後輩が準備、片付け、掃除などをすること。  先輩ってそんなに偉くないと思うけど。それに高校に入ってからは、最初、谷牧だったから、上下関係というより、バスケ部自体が荒れていて、ほとんどが辞めていったからな。  だけど、俺は後輩だけにやらせるという考え方は好きじゃない。  最後はバスケ部全員で後片付けをして、今日の練習は終わった。  最後に体育館に一礼して、体育館を出る。
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