追憶はセピア色

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思い返せば、とても古くからの付き合いだ。幼稚園児…いや、親の影響で生まれる前からかもしれない。 昔は、お互いに意識していなかったからなのか俺はアイツとうまくやっていた。 毎日、当たり前に顔を合わせているから、いつからか挨拶をしなくなりアイコンタクトだけになったのだが、アイツは何も反論してこないから、それでいいのだと。俺と同じ気持ちでいてくれているものだと思っていた。 だが。 ある日、急に姿を見せなくなった。数日のうちは、たまたまだろうと流したが、二週間ともなると不安になった。 たかが二週間、されど二週間。一度も顔を見せないなんて、今までになかったことだ。 大切なものは失ってから気づくと言うが、まさにその通りで。 俺はやたらと焦ってしまった。 何故だ?何かまずいことでもしたか? 過去を振り返ってみるが、古いフィルム映画のように、いつもと何ら変わらない毎日が呼び起こされるだけで検討もつかない。 そのうち普段の半分の食事さえ喉を通らなくなり俺にとって、どれだけアイツが大切だったのか思い知らされた。 このままではまずいと思った俺は、気晴らしに友人と飲みに行くことにした。雰囲気のあるバーで出されたお洒落なロックグラス。その中で窮屈そうにしている綺麗な球体の氷を遊ばせる余裕はなく、一気に飲み干した俺を見て友人は驚いた。 「えっ…お前、酒弱くなかった?ペース早くね?大丈夫かよ。どした。変なモンでも食ったか?」 俺は「もう一杯下さい」とカウンターの向こうに伝えてから友人の質問に答えた。 「うるせぇ!飲まなきゃやってらんねぇんだよ!こっちは!」 友人の指摘通り酒に弱い俺は、空腹に一気飲みをしたことで、すぐにへべれけになった。 最初は冗談まじりに笑っていた友人だったが、俺のために運ばれてきた二杯目のウイスキーをそっと自分の方へずらし、物腰柔らかく尋ねてきた。 「どうしたんだよ。何があった?」 俺はその優しい声色と酒の力を借りて吐き出した。 「アイツが…二週間、顔を見せないんだ…こんなこと今までなかった…俺が悪いんだ…ちゃんと気にかけていればこんなことにはならなかったはずなのに…!!何してもダメなんだ!もう、どうしたらいいか…!!」 辛くて、悔しくて泣いてしまいそうだった。 「警察には、相談したのか?」 「警察じゃだめなんだ…!!」 「どうして?」 「これは俺とアイツの問題だから。そうだろ?だって――」 俯き、ぼそぼと話しながら肩を震わせていると、ふと、そこに友人の手が乗せられた。顔を上げると彼は笑っている。 「お前さぁ。ちょっと大袈裟に考えすぎなんじゃないの?まだ二週間だろ?明日あたり、ひょっこり現れるかもよ?とりあえず、これ飲んどけよ」 友人の手には錠剤が一つ乗っていた。 「何これ。抗うつ剤?ありがたいけど俺には必要ないよ。そこまで深刻じゃないから」 友人は人間関係に疲れ退職して以来、定期的に精神科に通院しているのだ。 「違う違う。ただのビタミン剤。疲れてる時、寝る前に飲むと効くんだって!これが!」 これまで俺と友人の間で嘘はなかったから、ありがたくもらって、その日は解散した。 正直、ビタミン剤一つで解決するとは思えないが… 半信半疑のまま俺は眠りについた。 ところが翌朝、アイツがやってくる気配がして俺は飛び起きた。もうすぐ出入口に着く。きっとアイツだ。そうに違いない! もしそうだとしたら、これから部屋には俺とアイツだけになるのだから、挨拶どころか恥ずかしい会話だって何だって問題ないはずだ! 「今だ!そうだ、トイレへ行こう!」 俺はニンマリとした。しばらくして俺はアイツと密室で二人きりになった。何十年としていなかった挨拶をし、謝罪した。 「おはよう。ごめんな。これからは食物繊維とか納豆とか、意識して食べるからさ。水に流れるのは得意だろ?だから、これまでのことも水に流してよ。ね?」 俺は「また来いよ」と言ってレバーを上げた。 ベッド脇で小さく口を開けたまま転がっている救世主の銀色のボディーがキラリと光った。そこには『漢方便秘薬』と記されている。 (了)
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