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「私はウソが、本体だ」
いま川の底に沈めてるのは、仕事用のスマートフォンとHDDを壊したノーパソ。その中身は、お客様の連絡先と顧客情報。
たとえ犯罪だとしても、私は彼らに感謝をすれど、けして不義理は働かない。
彼らは私にお金をくれた。そのおかげで、そこそこにはいい暮らしをできた。承認欲求を満たす機会を与えてくれた。
満足したとき、頭を撫でて抱きしめてくれた。
血の繋がった養父でもあった叔父よりも、そして実の父よりも、私にとってはパパだった。
私の演じた『あっきー』を、求めながら愛でてくれた大事な大事なパパたちだった。
パパたちは、私に本体を与えてくれた。
「でも、それももう仕方ない」
お姉ちゃんが、鉄道事故で死んじゃった。自宅近くの駅を通過した新幹線に人が飛び込んだと聞き、虫の知らせで私はすぐに仕事を切り上げて自宅に向かった。大急ぎで証拠品をかき集めて家を離れた。
スマホでニュースを確認すると、嫌な予感が的中していた。お姉ちゃん、相当参っていたもんね。
でもお姉ちゃんは頑張ったから、きっと天国でまたお父さんに頭を撫でてもらえるよ。けしてそんなことしてもらえなかった私と違って。
お姉ちゃん、葬儀に参列できないどころか墓参りすら無理だけど、ご冥福だけはお祈りしとくね。
バタバタで引き上げさせてくれたパパには、当面の臨時休業の旨を伝えた。他のパパたちみんなにもスマホを処分するにあたってそれを伝えた。
名残惜しそうなリアクションが、私の最後の救いだった。
「あーあ。私、この歳でホームレスかー」
まだ肌寒い春の朝、お金を稼ぐ目処も立てれずコンビニで買ったカップ麺で空腹を満たし暖を取った。
「私の歳は、若過ぎる」
スマホもネカフェもオモテの仕事も、年齢制限身分証明保護者保護者。この国は、『普通』のレールを外れた者にとことん厳しい。
養護施設も考えたけど、養父母に居場所がバレたら連れ戻されるに決まってる。あいつら今ごろ賠償金で、てんてこまいなはずだから。
だんだんと陽が高くなり、肌寒さがなくなってきた。平日午前の閑散とした公園のベンチに寝転ぶと、私はまぶたが重たくなった。
「意外とぐっすり寝てたんだ」
目を覚ますと、陽が傾きかけていた。身体を起こすと関節からバキバキという音がした。起き抜けにいちごミルクを飲んでいると、母親が娘の手を引き歩く姿が見えた。
「お父さんとお母さんが死んだのも、去年の今ごろだったなぁ」
突然の、平穏な日々の終焉。あの日、私たち姉妹は神様から両親と普遍的な人生を取り上げられた。
「少なくともここは私の居場所じゃない」
日中上がった気温のせいで、私の肌はべとついていた。シャワーを浴びたい、布団で寝たい。風雨をしのげる場所が欲しい。かつて当たり前だったそれらを求め、私の足は行くアテもなく進んでいった。
「こんなことしてる場合じゃない」
陽がとっぷりと暮れるころ、いつの間にか着いてた場所は繁華街。本屋で買ったビジネス新書とハンバーガーとポテトといちごシェイク。仕事のまえのルーティンが、私の身体に染みついていた。
あの頃は、バーガーショップで時間を潰せば仕事の時間がやってきた。
空いていたお腹が満ちると、ジンクスのように心のどこかでお客さんと仕事を私は待っていたんだと理解した。
「でも、もうスマホすら無いんだよね」
ビジネス新書を読み終えると、脳の逃げ道がなくなった。現実を、受け入れざるを得なくなった。その諦念のなか、私は店の外に出た。
「ふざけんなよ! どいつもこいつも俺をコケにしやがって!」
小綺麗な身なりの若い男が、げしげしと街路樹を蹴飛ばしていた。顔が赤いのは、感情だけが理由じゃなさそう。
「お兄さん、どうしたの?」
「なんだよてめー! 犯されてーのか?」
お兄さんは、両手で私の胸ぐらをつかみ上げた。渡りに舟な話だった。
「ホテルの部屋取ってくれるならnnでもいいよ」
「あ? バカにしてんのかクソガキ! 大人をナメんな」
胸ぐらをつかんでいた手が私の身体を突き飛ばした。尻もちをつくと、周囲の人がどよめいた。
「兄がお騒がせしてすみません。私なら大丈夫です」
私が周囲に断りを入れると、お兄さんは急にバツが悪そうな顔になった。
「行こ、お兄ちゃん」
私はお兄さんの手を引いた。こんなチャンス逃せない。私は今夜、お風呂に入ってベッドで寝るんだ。
「落ち着いた?」
「……。うん。悪かった」
私たちは、街のはずれの公園のベンチに飲みものを持ってふたりで座った。
「何があったか聞いてもいい? 私、ヒマだからいくらでも付き合えるよ」
お兄さん、よく見るとちょっとカッコいい。さっぱりとした髪型の整った顔に白のニットとグレーのチノパン。なんか、王子様みたい。
「……、大学のゼミの連中に、合コンに呼ばれたんだ。女は揃ったけど、男は数が合わないって」
「それで?」
「行ってみれば女側も同じゼミの連中で、全員がかりでさんざんっぱらイジられた」
いまの私には関係のない、オモテの世界の人間関係。
「どんなふうにか聞いてもいい?」
「席の真ん中に座らされて、大学に入ってもう一年経とうとするのに女日照りで拗らせてるだの童貞だから溜まってるだのひとり暮らしが勿体ないだの好き放題に決めつけながら言われた挙げ句、ズリネタに何を使ってるかとかプライバシー侵害も甚だしい質問を無遠慮にぶつけられた」
気をつけよ。もしかしたら、お客さんにも嫌がるひとが居たかもしれない。
「女共も女共で、胸元の開いた服から谷間を見せつけてきたり人をなんだと思ってるのか考えると腹が立ったから途中で抜けた」
……。なんか、話が見えてきた。たぶんその人たち、ホントに一切悪気が無かった。言わないけど。
「――そっか。お兄さんも、大変なんだね。ところでだけど、私、実はホームレスなんだ」
「え?」
お兄さんが、得体の知れないモノを見る目でこちらを見てきた。世の中には、こんな人も居るんだよ。
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