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「でも子供に見てもらえない、子供として扱ってもらえないってことは逆に考えたらワンチャンあるってことだよね」
繁華街の公園までたどり着いた私は、風俗情報誌の求人に公衆電話で片っ端から電話をかけた。
「来てくれてありがとう。まさか、あの『あっきー』がウチの店に来るなんて思いもしなかったよ」
「私のほうからも、無理を申し上げたはずなのにありがとうございます」
当然私の年齢は、風俗店で堂々とは口に出せない。
「でも、なんで今さら店舗型風俗店へ? ひとりでやったほうが全部自分のところに入るよね?」
「いまスマホがありませんから、自分ひとりじゃ営業をかけれないんです。……年齢のせいで買えないですし」
店長の目がキラリと光った。
「そういうことか。ならモノは相談だけど……。事務所から人を呼ぶから、詳しくは向こうで聞くんだ。悪い話はしないと思うから、後日準備ができたらまた改めて面接においで」
「わかりました」
店でしばらく待っていると、私服姿の若い男がコンパクトカーでやって来た。私はその車の後部座席に乗せられた。
「ご足労ありがとう。きみが、『あっきー』か。私はこういう者だ」
私は事務所で強面のおじさんから名刺を受け取った。
「早速相談だがね。ちょうど最近ウチのシノギで好き放題売掛で遊んだ挙げ句に飛ぼうとした奴をひとり部品取ったうえで沈めて、これが手に入ったところだった。1本で、どうだ。一括が無理でもあの店で働いてくれるなら無金利でいい」
私は目のまえに保険証を差し出された。もし不義理があったらどんなケジメをつけさせられるか、それを言い含められながら。
「ありがたい話ですが、1本はさすがに難しいですね」
「なら、70で手を打とうか。さすがにそれ以上は無理だ」
このテの人たちは、何かしらの負い目を相手に持たせにかかる。だから最初から値切られる前提で高めにふっかけるんだ。
「ありがとうございます。支払いは、店長さんに渡せばいいですか?」
「いい返事だ。話がわかるじゃないか。そうだ、あの店での源氏名は本名と全然違っても大丈夫だから。これからよろしく頼むよ」
「はい、頑張ります」
私はその場で今後名乗ることとなる身分の証明書を、財布のなかに丁重に入れた。私は今日から19歳だ。
◇◆◇
「おはよう、茜ちゃん」
私は店長に源氏名でもない本名として名乗ってる名前でもない名前で呼ばれてドキッとした。忘れかけていた名前だった。
「おはようございます。いきなりどうしたんですか?」
「本当はこんなことしちゃいけないんだけど、最初年齢を理由に面接で落としたほうのうっかり聞いちゃった名前と生年月日も覚えてたんだよね。18歳の誕生日おめでとう」
私は事務所で保険証を受け取ったあと、住所と住民票を手に入れてからこの店の面接を受け直した。ずっと本名として名乗り続ける覚悟を決めてた名前のほうで。
「ありがとうございます。でも、どんな風の吹き回しですか?」
「きみももう本当の名前でやっていける年齢になったんだしさ、堂々と生きたほうがいいだろ? いま持ってるほうもそう簡単に手に入るものじゃないしさ、それなりの値段で買い戻してくれると思う」
「……いいんですか?」
私が名前をもとに戻すことは、この店の人間でなくなることも意味していた。
「いいよ。予約のお客さんさえ捌いてくれれば、あとはこっちに任せていい。女の子が飛ぶことなんてしょっちゅうの業界だし、そんなことで詰めさせられてちゃ今ごろ両手から指がなくなってるよ」
この業界は、妊娠だったり病気だったり厄介なお客さんだったりと、女の子側のリスクが大きい。だから、たとえある日いきなり音信不通になろうとも店側は一切追求しない。店長はさらに言葉を続けた。
「それにさ。ウチみたいな大衆店で、きみくらいの質を他の女の子に求められたら困っちゃうんだよね。この業界を続けるにしても、他の店で働いたほうがきみも実入りがよくなると思う」
「そんなことないですよ……」
私は謙遜半分と、リピート客のマナーが良いから働き続けたかったのがもう半分とで言葉を返した。
「あるんだよ。3年間、ありがとう」
もうすでに、店長の意思は固まっていたみたいだ。
「こちらからも、今までありがとうございました。お世話になりました」
私はアパートの退去手続を済ませてスマホを解約したあとに、アポを取って事務所に行った。保険証を手切れ金の代わりとして扱ってくれた。
「わかっちゃいたけど、よく皆こんな実入りの少ない仕事で生活してるよねー」
私は仕事を辞めて生活が落ち着いてきたところで、試しにオモテのバイトをしてみながら自動車学校で免許を取った。
写真付きの身分証明書に喜びながらカタギの生活の金銭感覚を身に覚えさせ、買った軽自動車でちょっとしたドライブをした後私はあることに気付いた。
「私、身体を売ってお金を稼ぐこと以外何したらいいかわからない」
私はかつては姉を救う使命感で、ついこの前までは危ない橋を渡り続けざるを得ない不安感と焦燥感でただがむしゃらに身体を売ってお金を稼ぎ続けてた。
リスクが大きく、いつまでも続けられる仕事ではないことは自分でもわかってる。
若くて股を開くだけでお金がいくらでも手に入ったころの金銭感覚のままオバさんになって、堕ちるところまで堕ちた話もさんざん聞いた。
だから試しにオモテの世界で生きてみようとしたわけだけど、今さら変えることは難しかった。
「いちど普通のレールを踏み外しちゃうと、こんなことでも困るんだな」
私は自嘲の笑みを浮かべながら、スマホで求人情報を調べた。
「こういうのって、普通学校の人付き合いとかで覚えるんだろうな」
私は入店先が宣伝用のアカウントを持っているSNSを覗いてみた。そこでは、さまざまな生活をしているさまざまな人たちがさまざまな投稿をしていた。
「こういう使い方してる人も居るんだ」
なかでも目に留まったのが、風俗で働きながらアニメやゲームのキャラのコスプレの写真を投稿している女の子のアカウントだった。私は知見を広げた気分になった。
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