2nd Sign : 色欲のダークプリンセス

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「これは、僕ときみの二次創作だよ。僕ときみだけで愉しむためのね」  私は私に『これは演技のためなんだ、恋慕の情をただ一方的に募らせ続けるキャラの特徴の再現なんだ』と言い聞かせ続け、かつてないほどに蕩けながら何度も達した。  ◇◆◇ 「次はこのキャラで併せたいかな」  それからも、たっきーとは密かに連絡を取りあって、何度も併せを行った。メイクや衣装のノウハウもたっきーから得て女の子とスタジオで併せることも増えていった。  コスプレ沼にたっきーのせいでのめり込み、たっきーのおかげで上達していくそんな日々の積み重ね。  コスプレするキャラを探して研究し纏う目的で、アニメ鑑賞が日課になった。 「話が、ある。併せじゃないけどそれでもいいなら来てほしい」  そんな日々が続いたある日、メールには、ただそれだけが打ちこまれていた。私はこれまでの付き合いもあってそれに応じ、指定の駅に足を運んだ。  着いた場所には、さっぱりとした髪型にすっぴんにメタルフレームの眼鏡をかけた、たっきーが居た。 「ここからしばらく歩いたところに、僕の住む部屋があるんだ。話はそこでいい?」  それなら説明要らないし、現地集合でよくなかった? 私、何度も来てるじゃん。  私はふたつ返事でそれに応じ、部屋に入るとたっきーがお茶を出してくれた。 「来てくれてありがとう。単刀直入に言うと、『コスプレイヤーたっきー』はもう引退する」  私はすでに知っていた。鍵リストでたっきーのアカウントをチェックしていたから。 「そうなんだね。何があったの?」 「春から僕は、社会人だ。これからは、『社会人瀧澤修治』を演じることで手一杯になるだろうと思ったから」  趣味において、幸せな引退だよね。人生が次のステージに進んだからって、やめるにあたっていちばん幸せな理由だと思うよ。 「それを言いにわざわざ呼んだの?」 「うん、ごめんね。この部屋じゃないと嫌だった」  部屋にはおびただしい数の衣装と、私の部屋にも同じのがある職業用ミシンの置かれたミシン台。それと学術書っていうのかな? ハードカバーの本が並んだ勉強机。  あとは生活必需品とコスプレの資料以外何もない、たっきーの象徴のような部屋。 「でも、なんでかは聞いていい?」 「この部屋で、話したかった。ここからコスプレを引き算したらどんなつまらない人間なのかを」  かなり、殺風景なことになるね。 「なんで?」 「……それを話すまえに、僕の、『瀧澤修治』のこれまでの人生について話させて欲しい。僕は、堅実な人生を歩む父と大企業の執行役員の祖父を持つ母との間に生まれた」  ……イヤミ? 「金銭面でも両親の愛にも不自由しない、円満な人生と言って過言ではなかった。だからこそ、敷かれたレールを踏み外したらどうなるかの不安感と焦燥感で大学に入るまで勉強ばかりしていた」  人間って恵まれても大変なんだね。実際に踏み外したら取り返しがつかなくなるのはホントだし。 「その反動は、大学に入ってからきた。『このままでは勉強しかしていないつまらない人生になる』、そう不安感と焦燥感の種類が変わった」  で、そのはけ口がコスプレだったんだ。 「コスプレはいい。魅力的なキャラクターでつまらない自分を隠しながら自分の姿を表に出せる。初体験は、併せを誘われた相手にそのままズルズルと連れこまれてだった。後で知ったが、相手は界隈ではそれで知られた『おさせ』でそれっきり音信不通になったが、僕をコスプレにのめり込ませるには十分な理由だった」  で、自分も食べ歩くようになっちゃったと。 「コスプレ沼には実にハマった。どれだけ中身がつまらなくても、キャラの魅力を纏いさえすればそれが『たっきー』の魅力につながる。それまで全く未経験だった裁縫を覚え、身体つきを再現するためジムにも通った」  だから逆に中身がどれだけ磨き抜かれようと、そこには自信が伴わなかったんだね。 「そんな僕の心の支えの『コスプレイヤーたっきー』も、もう終わりだ。春からは、祖父の勤務先の系列の会社で縁故採用でサラリーマンするんだ。この銀縁眼鏡のガリ勉野郎が、この先の人生の僕だ」  瀧澤修治は、絶望し達観しきった顔をしていた。 「ちょっと、私も自分の、『園田茜』の話をしてもいい? てかそっちの話も大人しく聞いてあげたんだから、私の話も聞いてよ」  なに勝手に絶望してくれちゃっているんだろう。なんでもかんでもひとりで決めたりなんかしないで。
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