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<北島元晴>  今日こそ、今日こそ。  朝起きるたび、思う。絶対今日こそやってやる。だけどどうしてか、その場になると決意が揺らぐ。言葉が引っ込む。足が竦む。動けなくなる。そうして結局、何もできないまま日々が過ぎ、気がつくと今日で、ひい、ふう、みい、……二週間。  二週間!?  自分ってこんなヘタレだったのか。壁に掛けられたカレンダーをまじまじ眺めながら、自分の情けなさに唖然とする。ああ自己の再認識。そんなもの認識したくもない。  味噌汁を啜りつつため息をつくと、焼き魚を運んできた母親が訝しげに眉根を寄せて俺を見た。見るな。お前には関係ない。第一お前がもう少しマシな顔に生んでくれたら、俺は無駄に悩まずに済んだんだ。もう少し顔がよくて、もう少し背が高くて、もう少し運動神経がよくて、もう少し頭がよくて、もう少し社交的なら、こんなに悩む必要もなかったはずなんだ。 「元晴、今日少し早く帰ってこられないかしら」 「……え、どうして?」 「今日、お婆ちゃんのお見舞いに行ってくるから、できたらお夕飯作って欲しいのよ」 「具合悪いの?」  向かい側に座った母親の顔は、朝日に背後から照らされて少々黒ずんで見えた。 「昨日啓子おばちゃんから連絡あってね……あんまりよくないみたい。お弁当でも構わないんだけど」  シャケをつつきながら暫く考える。確か、渋谷繰り出すから時間空けとけって西村が言ってたの、今日だったっけか。 「今日は、」  母親の顔が目に入る。  ふくふくしていた頬は見る影もなくこけ、乾いた唇の両端にはくっきりしたほうれい線が添えられている。父さんが死んでからめっきり年取ったなあ。中学の頃は、友だちの母親より若々しくておしゃれに見えて、結構自慢だったのに。寄る年波には勝てないもんだ。 「……構わないよ、別に用事ねえし」 「ありがとう、助かるわ。何作る?」 「いつもの野菜炒めでいいだろ。材料ある?」 「ピーマンきれてるかもしれないわ。なかったら、買ってきてくれる?」 「分かった」  あーあ、ほんと俺って意志弱え。やけ気味に飯をかっこんで、味噌汁を一気に飲み干して、茶碗をさげて自分の分だけ洗って、それからもう一度髪型と鼻毛チェックして、カバンを抱えていざ出陣。  この意志の弱さを克服するためにも、マジで、今日こそやってやる!  町中に降りそそぐ爽やかな朝の空気と眩しい日差し。天気のヤツまで、この俺を祝福してくれてやがる。よしよし。今日こそうまくいく。やれる。絶対やれる。やってやる!  目指すは先頭車両。根拠のない自信に後押しされながら、いつになく軽やかに人混みを抜けて俺は走った。
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