4人が本棚に入れています
本棚に追加
2
<北島元晴>
今日こそ、今日こそ。
朝起きるたび、思う。絶対今日こそやってやる。だけどどうしてか、その場になると決意が揺らぐ。言葉が引っ込む。足が竦む。動けなくなる。そうして結局、何もできないまま日々が過ぎ、気がつくと今日で、ひい、ふう、みい、……二週間。
二週間!?
自分ってこんなヘタレだったのか。壁に掛けられたカレンダーをまじまじ眺めながら、自分の情けなさに唖然とする。ああ自己の再認識。そんなもの認識したくもない。
味噌汁を啜りつつため息をつくと、焼き魚を運んできた母親が訝しげに眉根を寄せて俺を見た。見るな。お前には関係ない。第一お前がもう少しマシな顔に生んでくれたら、俺は無駄に悩まずに済んだんだ。もう少し顔がよくて、もう少し背が高くて、もう少し運動神経がよくて、もう少し頭がよくて、もう少し社交的なら、こんなに悩む必要もなかったはずなんだ。
「元晴、今日少し早く帰ってこられないかしら」
「……え、どうして?」
「今日、お婆ちゃんのお見舞いに行ってくるから、できたらお夕飯作って欲しいのよ」
「具合悪いの?」
向かい側に座った母親の顔は、朝日に背後から照らされて少々黒ずんで見えた。
「昨日啓子おばちゃんから連絡あってね……あんまりよくないみたい。お弁当でも構わないんだけど」
シャケをつつきながら暫く考える。確か、渋谷繰り出すから時間空けとけって西村が言ってたの、今日だったっけか。
「今日は、」
母親の顔が目に入る。
ふくふくしていた頬は見る影もなくこけ、乾いた唇の両端にはくっきりしたほうれい線が添えられている。父さんが死んでからめっきり年取ったなあ。中学の頃は、友だちの母親より若々しくておしゃれに見えて、結構自慢だったのに。寄る年波には勝てないもんだ。
「……構わないよ、別に用事ねえし」
「ありがとう、助かるわ。何作る?」
「いつもの野菜炒めでいいだろ。材料ある?」
「ピーマンきれてるかもしれないわ。なかったら、買ってきてくれる?」
「分かった」
あーあ、ほんと俺って意志弱え。やけ気味に飯をかっこんで、味噌汁を一気に飲み干して、茶碗をさげて自分の分だけ洗って、それからもう一度髪型と鼻毛チェックして、カバンを抱えていざ出陣。
この意志の弱さを克服するためにも、マジで、今日こそやってやる!
町中に降りそそぐ爽やかな朝の空気と眩しい日差し。天気のヤツまで、この俺を祝福してくれてやがる。よしよし。今日こそうまくいく。やれる。絶対やれる。やってやる!
目指すは先頭車両。根拠のない自信に後押しされながら、いつになく軽やかに人混みを抜けて俺は走った。
最初のコメントを投稿しよう!